第85章 恋だと気づく瞬間〜明智光秀〜
それを聞いて、私は居ても立っても居られず光秀さんの御殿に来てしまった。
…でも、中に入る勇気は出ない。
どうすることも出来ず、私は御殿の前で右往左往していた。
「何か、来た理由を考えなきゃ。何か…何か…」
ぶつぶつ言いながら頭を悩ませる。
わからないことがあったから質問しに来たとか、どうだろう?
「そんな…わざわざって思うかな?変かな?」
不安だと、ついひとりごとを言ってしまう。
光秀さんにバレないような真っ当な理由なんて、私が思いつくわけがない。
緊張と不安と会いたい気持ちがごちゃごちゃになり、私は進むことも戻ることも出来ずに時間だけが過ぎていく。
気づけば、陽はとっくに暮れて辺りは暗くなっていた。
「……どうした?こんな場所で」
その低い声。
低すぎて初めは苦手だった光秀さんの声。
それなのに、苦しいくらい何日も求めていた。
彼の声を。
ずっと聞きたくて堪らなかった。
光秀さんの声にほっとして、思わず涙腺が緩み出す。
光秀さんは久兵衛さんと一緒に城下から帰って来たのであろう。
私を見つけて、駆け寄って来た。
「光秀さん…えっと…あの…」
光秀さんを目の前にした途端、私は何も言葉が出てこない。
光秀さんをちらっと見ると、珍しく驚いているようだった。
まさか私が此処に会いに来るなど、予想もしていなかったのだろう。
私に遠慮してか、久兵衛さんが先に御殿に入って行くのが見えて私は何か言わなきゃと焦った。
「質問が…あって…」
「質問?なんの質問だ?わからないことでもあったのか?」
「そうです。この間の続きの…」
「とりあえず、中に入れ。今夜は冷える」
そう言って後ろを向いて歩き出した光秀さんの着物の袖を、私は思わず引っ張った。