第83章 涙色のままで〜明智光秀〜
「ー…よく泣く娘だな」
二人きりの部屋で、静かに、よく通る声で光秀さんは言った。
下を向いて泣いていた私は、光秀さんが呆れて言っているように聞こえて顔を上げると、それを待っていたかのようにふっと彼と目が合った。
優しい眼差しだった。
いつもは意地悪く私を捉える切長の二つの眼は、甘い光をたたえて私に微笑みかけている。
真正面から光秀さんの顔をこんなに見つめるのは初めてだった。
改めて、彼が直視できないくらい顔立ちが良いのだと自覚する。
それに比べて泣き顔の自分は、さぞかし情けない顔をしているに違いない。
私は急に恥ずかしくなった。
「どうした?何かあったのか?」
「…すみません。急に…」
「俺の顔を見た途端、泣き出すとはな」
「……だって、光秀さんが大丈夫か?なんて言うから…」
優しい聞き方をされたから泣いてしまったんだ。
光秀さんの言い方はずるい。
そんな親身に言われたら、弱ってる時にはグッときてしまうものだ。
「俺のせいか…」
光秀さんはクスッと笑うと目を細めた。
「葉月が俺のせいで泣くのを見るのは悪くはない…だがな」
私の流れた涙をそっと指先でとると、光秀さんは私に顔を近づけて言った。
「ー…本当は誰に泣かされたんだ?」
ぐっと低くなる声にドキッとする。
「私、別に泣かされてなんか…」
「俺の所に来るまで泣くのを我慢していたんだろう?目が赤かった」
「え…っ、本当ですか?」
「あぁ」
思わず頬を抑えた私を光秀さんは静かに見つめる。
う、そんな綺麗な眼で見ないで。
緊張して話しにくい。
「……ちょっと、自分が情けなくなっただけです。少しずつ仕事を任されるようになったのに、失敗が恐くなって動けなくなってしまうんです。私の存在が迷惑をかけているんじゃないかって思っちゃって」
「針子のことか?」
「そうです。本当は、もっと信頼されたいんです。役に立ちたいし、此処にいる意味が欲しいんです。じゃないと…私…」
ー…『信長様に寵愛を受けている姫に仕事なんて任せられない』とかげで言われていることをこの人は知っているだろうか?
そんなことを言われないくらい実力をつけたいの。
信長様とはそんな関係じゃないけど、前からある噂だ。
それを信じている人は多い。
そもそも、私が信頼されてないのが原因なんだ。
私がもっと頑張れば良い。