第82章 駆け引きは恋の始まり・後編〜豊臣秀吉〜

顔を赤らめて暫く俺を睨んでいた家康は、諦めたように息を吐くとゆっくり口を開いた。

「…葉月は、初めからあなたしか好きじゃないですよ。眼中にありませんよ、俺なんて」
「……え？！」
「しっかりして下さいよ。俺、二人とも遠回りし過ぎてて呆れてました」
「す、すまん」

はーあ、本当に馬鹿みたいだな。
家康はそう呟いて、少し笑った。

「…でも、やっと動く気になったんですね。良かったですよ」
「お前はそれで良いのか？」
「いいも何も、俺はあの子の良き相談相手ですから」
「…優しいんだな、家康は」
「うわぁ。あの子とおんなじ台詞言うとか、勘弁して下さいよ」
「何か言ったか？」
「……別に」

俺が聞き返しても、家康は肩をすくませるだけで教えてくれなかった。

「その様子じゃ、俺たちの噂も嘘だって知ってるんですね」
「まあ…少しだけ、な」
「俺から言ったんですよ、あの子に。恋仲のふりをしたら秀吉さんが葉月を意識するって。色気も出るだろう…って」
「い、色気…ってお前…」
「やだな、何もしてないですよ。指一本触れてませんから、俺」
「……真面目すぎるな、家康は。もう少し羽目を外すくらいしてもだな…」
「だから！恋敵ですって、俺は！」
「そうだったな、すまん」
「ー……あの子、喜んでましたよ。誘われたのは、家康のおかげだって言って、嬉しそうに。なんの躊躇もない感じで、俺の所に報告しに来ましたから。そりゃあ諦めもつきますよ」
「そうか……」
「秀吉さんに落ち込まれると複雑なんですけど」

そう言いながら、家康は笑った。
もう皮肉めいていない、優しい笑顔だった。

「あの子のこと、よろしくお願いします」

頭を下げて言う家康に、俺は「当たり前だ。心配するな。ありがとうな」と、くしゃくしゃっと家康の頭を撫でた。
すぐに手を払いのけられたが、俺は何度も頭を撫でた。
やめて下さい、と言いながら家康は俺から離れると城に戻って行った。

「葉月、支度に時間かかってるみたいです。もうすぐ来ますから待ってて下さい」

振り向いてそう言う、俺よりも実はおせっかいな家康の後ろ姿を眺めながら、「ああ」と返事を返す。

ありがとう、そう口だけ動かして家康の背中越しに俺は呟いた…。