第82章 駆け引きは恋の始まり・後編〜豊臣秀吉〜
《秀吉の気持ち》
気を遣いすぎる子。
それが葉月の印象だ。
もちろん見た目が可愛らしいというのもあるが、何よりもそっちの方が印象にある。
いつもニコニコして、周りの人に優しく声を掛け、誰に対しても変わらない態度で接することができる。
簡単にできることじゃない。
しかも、あいつは人の気持ちに寄り添える。
だからだろう。
相手の悲しい気持ちや辛い気持ちも一緒に貰ってしまうようだ。
共感性が高いと、そんな弊害もあるのだと俺は知った。
苦しそうな姿を見るたびに助けてやりたくなった。
少しでも彼女の重荷を減らしてやりたかった。
あいつは頑張りすぎるんだ。
「葉月、お前はよく頑張っている。俺はそんなお前をずっと見ている。誰も褒めてくれなくても、心の中で感謝している人はたくさんいるはずだ。だから、自分のことをちっぽけなんて思うなよ」
…そう、彼女の背中に語りかけていた。
「大丈夫か?」と聞いても笑って首を振るあいつに。
あの日もあいつは笑っていた。
呉服屋の子どもを抱く姿を見て、また頼まれごとをされて断れないでいるのだろうと思った。
一緒にあやしてやると、「助かる」「嬉しい」と彼女は笑った。
そして、小さな子どもが好きなのだと俺に言った。
随分と幸せそうに笑うので、俺のことが好きなのではないかと勘違いしそうになったくらいだ。
…葉月は、いい母親になるだろう。
だからこそ、葉月には良い家に嫁いで欲しい。
できれば何不自由なく、お前を大事に想ってくれる奴の処に。
それは、俺ではない。
自覚はあった。
あくまで、俺はあいつの兄貴分だから。
葉月の相手は自分ではないとわかっていたはずなのに、家康との噂を耳にした時、頭を殴られたような衝撃があった。
気が遠くなるような、絶望感に襲われた。
そうか、家康が側にいるのか。
家康なら、きっと葉月を守ってくれるだろう。
そう頭では理解しても、ちっとも喜べなかった。
これは一体なんだ?
…俺はいつからこんなにも心が狭くなったんだ?
葉月の恋路を祝福してやれないなんて。