第81章 駆け引きは恋の始まり・中編〜徳川家康〜
俺は彼女と二つ約束をした。
決して俺に近づかないこと。
言葉も交わさないこと。
「わかった…」と葉月は言った。
「今だけ、だもんね?我慢する。私、頑張るね。家康にこんなに協力してもらってるんだもん」
「そうだよ。しっかり頼むね」
「うんっ!」
俺は笑った。
この子の無邪気な笑顔、元気な声。
…天真爛漫って言葉がよく似合う。
本当、可愛いな。
俺は結局、この子に色気を出させることは出来なかったな。
それだけが心残り。
まあ、そんなのは秀吉さんと関われば自ずと出てくるのだろう。
この子らしい、自然な色気が。
…そして、俺たちは会うのをやめた。
話すことも目を合わすことも。
あの子は約束通り、俺の側には来なくなった。
俺から言ったことなのに、寂しさを感じるなんてどうかしている。
時々、あの子の視線を感じるけど、気づかないふりをして立ち去っている。
軍議の時や安土城ですれ違う時、彼女は寂しそうに俺を見ているのがわかる。
でも、反応なんて出来ない。
そんな葉月を秀吉さんが見ているから。
もう少し。
もう少しだ。
きっと、秀吉さんが声を掛けるだろう。
大丈夫だよ、葉月。
俺は目を閉じて、胸の辺りを抑えた。
胸がズキズキと痛む。
早く二人が上手くいけば、この痛みも無くなるだろう。
…そうなのか?
本当にそうなのだろうか。
俺は…本当に…。
ドンッ!
背中に衝撃を感じて後ろを見ると、誰かが俺の着物を両手で掴んでいた。
無言で俺の背中にくっついたまま離れようとしない。
「…葉月?!」
しまった、驚いてつい名前を呼んでしまった。
「……やっと、口聞いてくれた…」
「何やってるの。約束したでしょ。俺に近づかないって」
「だって…」
「だってじゃない。こんな所、秀吉さんに見られたら作戦の意味がないよ。早く離れて」
「やだ!」
「…なに駄々っ子みたいなこと言ってるんだよ。ほら、早く…」
「やだ、やだやだやだ!」
「………葉月…」
この子はこんな風に駄々をこねる子だったっけ?
何でも受け入れ、素直に頷く…それが葉月じゃなかったっけ?
…この子らしくない。
俺は息を一つ吐くと、振り向いて葉月と向き直った。