第81章 駆け引きは恋の始まり・中編〜徳川家康〜
《家康の気持ち》
葉月を送った帰り、俺はため息をついた。
何をやってるんだ、俺は。
自分で自分が嫌になる。
こんなつもりはなかったのに。
本当は、…俺は見ていたんだ。
葉月が行きつけのあの呉服屋で、あの子が赤ん坊をあやしているのを。
………
子どもを抱く葉月は、優しい笑顔で可愛くて…本物の母親みたいだった。
きゃっきゃっと喜ぶ赤ん坊と同じくらい弾けた葉月の笑顔から、幸せな空気が流れてくる。
暫く見入ってしまうくらい、俺の心を打った。
俺もあんな風に抱っこされてみたいと思う自分に苦笑するくらい、あの子から目が離せなかった。
…ちょっと声を掛けてみようか。
そう思った矢先に、秀吉さんが現れたのだ。
あっという間に赤ん坊を抱き上げると、葉月と微笑み合っていた。
そんな仲睦まじい姿は、若夫婦にしか見えなかった。
お似合いだったのだ、それくらい。
「…なんだ、そういうことか」
俺は呟いてその場から離れた。
あの二人は想い合っているんだな。
恋仲かどうかは知らないが、時間の問題だろう。
そう思っていたのだが…。
二人は可笑しいくらいに噛み合っていなかった。
葉月は自分は眼中にないんだと勘違いして泣いてるし、秀吉さんに至っては…もう鈍感過ぎて話にならない。
ある意味、似たもの同士か。
鈍感なのは葉月も同じだし。
でも、そんな不器用な葉月が可愛いと思ってしまう。
こんなにも、俺はあの子に情を感じているなんて…。
さて、どうするか。
そう考え、俺は珍しくお節介を焼くことにしたのだ。
「色気がないから、俺と恋仲のふりをして色っぽさを出せ」だなんて。
我ながら酷い。
もっと他の方法や言い方はなかったのか。
何が色気がない…だ。
あの子の良さに気づかない、秀吉さんの方がどうかしている。
自分で葉月に言い聞かせながら、秀吉さんに対して腹が立った。
あの子はあのまま、ありのままで充分に良い。
唯一無二なのだから。
…そう俺が言った所で、あの子は喜びはしないだろうけど。