第80章 駆け引きは恋の始まり・前編〜豊臣秀吉・徳川家康〜
「…なるほどね。秀吉さんに惹かれるの、わかる気がするよ。あの人、子どもの扱いも上手いし…優し過ぎるくらいだから」
「うん、そうよね」
「あんなにさらっと見ず知らずの赤ちゃん抱っこ出来るってすごいと思う」
「そうそう。…って、あれ?家康、あんなにって…」
まるでそれを見ていたみたいな言い方。
私が気になって聞いても、家康には聞こえなかったのか答えてくれなかった。
…私の気のせいかな?
「あんたと秀吉さん、お似合いだと思うよ」
「えぇ?!そんなことないよ…」
「お人好しだし、その犬っぽい従順な感じとか」
「……褒められてる?」
「どうかな?ま、似てるってことだよ」
「似てる…とは思わないけど…」
「頑張んなよ。応援してるから」
「…っ!ありがとう」
私が笑って家康を見た時、一瞬だけ家康の目が切なげに揺れた気がした。
本当にほんの一瞬だけ…。
「さ、話はこれで終わり」
「…あ、帰れってこと?」
「そ。ほら立って」
「え…家康。私…」
ぐいぐいと部屋から押し出され、私は廊下に出た。
私の部屋まで送ると言う。
半ば強引な家康の態度に不安を感じた。
「家康…?」
「明日はあんたの部屋に行くから」
「そうなの?毎晩、家康の部屋に行くんじゃなかったっけ?」
「事情が変わったから」
「いつ変わったの?」
「…さっき」
「さっき?」
「ほら、着いたよ。じゃ、またね。おやすみ」
「…おやすみなさい」
怒っているようには見えないけど、家康はそそくさと帰って行った。
何か失礼なことを言ったかな。
そう思った後、秀吉さんの顔が浮かんだ。
謝らなきゃ…。
『子どもじゃない』そう怒って手を払い退けてしまったのに、あれから秀吉さんとは話せていない。
自分の手のひらををじっと見ながら、ため息をついた。
悪いことをしたな、秀吉さんに。
明日、会ったらすぐ謝ろう。
家康は謝らなくて良いって言ってたけど、このままなんて駄目だよね。
そう決意をし、私は眠った。