第80章 駆け引きは恋の始まり・前編〜豊臣秀吉・徳川家康〜
目線を外してぶっきらぼうに言う家康に、私は微笑みかけながら話し出した。
「前にね…城下にある呉服屋行った時、ちょっと抱っこしててって呉服屋の奥さんに言われて、赤ちゃんを預かったことがあったの。
その子、人見知りしなくて可愛くてね…まだ一歳前くらいの子なのに。私、赤ちゃん大好きだから奥さんの用事が済むまで見てたんだけど、小さくても意外と重いじゃない?ずっと抱いていたら、手が疲れちゃって。
そんな時にばったり秀吉さんに会ってね。秀吉さん、その子を見て『来るか?』って両手を差し出して、当たり前みたいに抱っこして、一緒にあやしてくれたことがあって…」
家康に話しながら思い出していた。
秀吉さんのあの何も聞かずに、私からサッと赤ん坊を抱き上げた瞬間を。
あまりにも自然で驚いたことを。
あの時、私の気持ちまで持って行かれた気がした。
赤ちゃんを抱きながら 秀吉さんが優しい眼差しで、私を見てくれた時に思ったの。
こうやって、秀吉さんは結婚する人に微笑みかけるのだろうなって。
一緒に子育てしてくれる、子煩悩なお父さんになるのだろうって。
それが、目に浮かぶようだった。
秀吉さんは暫く赤ちゃんに高い高いをしたり、話しかけたりして一緒に子守りをしてくれた。
私と秀吉さんに挟まれた呉服屋の子が、まるで我が子のようで…
夫婦の擬似体験をしているようだった。
あの時間だけ秀吉さんの奥さんになったような気がして、なんとも言えないような幸せを感じたの。
こんな人と結婚したいな。
そう思うのには充分なくらいな出来事だった。
「…その時からかな。秀吉さんを意識したのは」
「………そう」
家康はそう頷いた後、黙ってしまった。
「……家康?」
「もし、それがさ…」
「ん?もし…何?」
「…いや、なんでもない」
「?」
私は首を傾げて家康を見つめても、また黙り込まれてしまった。
…なんだろう?
何か言いたげだったのに。