第80章 駆け引きは恋の始まり・前編〜豊臣秀吉・徳川家康〜
「…家康は優しいね」
「はあ?あんた話聞いてた?今の話でなんで俺が優しいってことになるんだよ」
「ちゃんと聞いてたよ。家康は相手を想って行動ができる、理性的な人だなぁって思ったの。だから優しいって言った」
「……馬鹿だね。葉月は」
呆れてそう言う家康に、私はふふっと微笑んだ。
そんな風に言っても無駄だよ。
家康が実は優しいの、私知ってるんだから。
そう思っていたら、ふと目が合った。
ゆっくりと家康の目元が優しく緩み、私はどきりとした。
そして、家康は
「…葉月は秀吉さんを好きなままでいい。俺は暇潰しに付き合うだけだから、何も気にしなくていいよ」
と言ってくれた。
家康と結婚する人は幸せだよ、と心の中でこっそり思う。恋人でもない私を気遣ってくれるような人だもん。
言葉や態度は時々天邪鬼だけど、ハートはとても温かい。
それが一緒にいると、わかる。
私がこくりと頷くと、家康はふと真面目な顔をした。
「……でも、一つだけ約束して。俺を好きにならないって」
「家康を好きにならない?」
「そう。あくまでも秀吉さんを振り向かせる為だけの関係だよ。俺たちはね」
家康は一呼吸つくと、私の目をしっかり見た。
「…約束、できる?」
私はきょとんとしてしまった。
家康の言っている意味はわかるけど、すぐに返答出来なかった。
恋に堕ちているように見せかけるだけ。
本当に恋をしてはいけない。
そう念を押されたのだ。
…おかしいな。
なんだか、寂しかった。
わかっていたはずなのに、家康に勘違いするなと先に言われてしまったような気がした。
でも、寂しいと悟られるのも嫌だったから、精一杯に平気なふりをして返事をした。
「わかった、約束する。でも、一つ聞いていい?」
「何?」
「どこまでの関係になるの?私たち」
「…前向きな質問だね。別に決めてないけど…そうだな、俺はどこまでいっても平気だけど?」
「平気…なの……??」
私が混乱していると、家康は「ま、続きは夜に話そう。じゃ、後でね」と私を残して何処かへ行ってしまった。
私は立ち尽くすしかなかった。
家康の言葉が頭の中で勝手にリフレインし、頬が赤くなる。
どうしよう。
もう既に胸の音が煩いよ…。
ドキドキしちゃダメなのに。