第80章 駆け引きは恋の始まり・前編〜豊臣秀吉・徳川家康〜
「待って。それって、秀吉さんに謝らない方が良いっていう意味?」
「そう。敢えてね。俺は鈍い秀吉さんにも非があると思うけど」
「でも……。嫌われないかな」
「葉月。これは作戦だよ。あんた、そんなんじゃいつまで経っても良い子から抜け出せない」
「…家康、何か企んでる?」
私が恐る恐る言うと、家康の目の奥が少し煌めいた。
何か悪いことを考えている。
それだけはわかった。
「あんたってさ…。前から思ってたんだけど、色気がないじゃない?」
グサッ。
気にしていることを。
「うん…知ってる。よく言われるよ」
「あんたが性格良いのも素直なのも知ってるよ。そこがあんたの良いところだし、可愛げもある…だけど」
家康が褒めてくれるのは、珍しい。
それにちょっと感動しつつも、次に何を言われるのかわからなくて怖くなる。
「だけど…何?」
「足りないんだよね。知りたくなるような奥深さが。男の欲求が湧き起こるような魅力が。俺でもそれがわかるくらいだから、かなり深刻。特に秀吉さんみたいな経験豊富な男から見たら、あんたは妹にしか見えないよ。…このままだと、一生ね」
グサグサッ。
家康の的確な指摘が私の心臓に突き刺さる。
…う、今なら秒で泣けそう。
「ま、恋愛も戦術と同じだよ。ある程度相手を見極め、何を求めているかを感じ…どう出るかを考える。無鉄砲では上手く行かないから」
「ありのままの自分を好きになって貰うのって…難しいの?」
「まあ、そう出来たら幸せだよね。楽だし。でも、そのままの自分を受け入れろってさ、畑から持って来た大根を泥付きのまま食えって言ってるのと同じだよ。綺麗に洗って、調理して、皿に盛り付けてから食べるでしょ?」
「うん」
「食べ物だって、そうやってちゃんと手を加えてる。それと同じ」
「う…ん」
「自分を作れって言ってるんじゃない。相手が知りたくなるような自分になる努力はした方が良いってだけ」
私が頷くと、家康は「わかった?」と聞いた。
「…わかった。努力する」
「ん、わかればよし」
今日の家康は随分親切だ。
他人に興味のない家康に、こんなに色々言われるのも世話を焼かれるのも家康のキャラじゃない気がする。
どうしたんだろう?