第80章 駆け引きは恋の始まり・前編〜豊臣秀吉・徳川家康〜
次の日の朝
「葉月、昨日はすごい雨だったな。出掛けられたのか?」
「…そんな気分になれなくて」
「そうか。残念だったな」
秀吉さんから開口一番にそう言われ、どす黒い感情が私の身体を覆った。
…雨だから出掛ける気分になれなかったと思ってるな、この人。
違うのに。
朝から秀吉さんから声を掛けられて嬉しいはずなのに、私の心はモヤモヤして素直に喜べない。
でも、無理矢理に笑顔を作って 可愛らしく首を傾げた。
「秀吉さん、心配してくれたの?」
「当たり前だ。あんな雨の中で出掛けたら、寒いし風邪を引く。心配になるさ。…それに、お前はいつも早寝だし。遅くまで起きていられないだろ」
「別に平気だもん」
「平気なもんか。お前は寝不足になると頭が全く働かないし、ずっとぼんやりするってことも俺は知ってるぞ」
「…だって、たまには夜遅くまで起きていたくて」
「ほどほどにしろ」
何よ。
昨日は楽しんで来いよって言ってたくせに。
話が違うじゃない。
私は口を尖らせた。
「私、そんな子どもじゃないもん」
「子どもだ!お前は」
子ども…
子どもか。
妹分の私を心配してくれてるのよね。
わかってる…でもね
私が欲しいのは、そんなのじゃない。
そんなんじゃないの。
秀吉さんは、なぜ私を恋愛対象として見てくれないの?
私、そんなに魅力ない?
子ども扱いしないで。
ちゃんと女性として見てよ。
そう思ったら、目が潤んで濡れてくるのがわかり、唇を噛んだ。
これ以上何か話したら、涙が出てしまいそう。
泣きたくなくて、もっと強く唇を噛んで下を向いた。
「葉月…?」
秀吉さんが私の態度に気づき、肩に触れようとした時 私の中で何かが弾けた。
「……私、子どもじゃないっ!」
そう叫んで 秀吉さんの手を払いのけると、その場から走り去っていた。
一瞬見えた秀吉さんの驚いた顔が
走っている間 頭から離れなかった。