第80章 駆け引きは恋の始まり・前編〜豊臣秀吉・徳川家康〜
精一杯のアプローチが全く通じない時、心が折れる。
前日から考えていた話も上手く出来ず、会話は相手がいてこそだと思い知る。
想定していたようにはいかない。
実際の会話は、話の流れや空気によって変わるもの。
自分が伝えたい内容とは違ってきてしまう。
想像や妄想通りにはいかないものだ。
…私は、彼と夜を一緒に過ごしたくて誘うつもりだった。
が、あっさりとスルーされたのである。
彼は時々、私と急に距離をとる。
仲良くなって話しているつもりだった。
心が近づいている気がした。
私は秀吉さんとの会話中、無邪気に質問した。
「秀吉さんは、いつも寝るの遅いんですか?」
「俺か?そうだな…日に寄るけど。何でだ?」
「私、今日は夜更かししようと思ってるんです。信長様もいないし、ちょっと夜の街に行ってみようかなぁって」
秀吉さん、一緒にどうですか?
そう言うつもりだった。
あくまでさりげなく、重くなく…自然に。
秀吉さんに悟らせないように。
負担にならないように。
そう自分に言い聞かせていた。
…でも、彼はこう言ったのだ。
「そうか。楽しんで来いよ」
私とだなんて微塵も思ってない人に、これ以上何も言えなかった。
彼の中で、私ってなんなんだろう?
思っている以上にちっぽけなのかもしれない。
「……はい。楽しんで来ますね」
そう明るく答えるしかないじゃないか。
個人的に連絡を簡単に取れた時代とは違い、誘う時は面と向かって言わなきゃいけない。
私は…それがうまく出来ない。
これでも、かなり緊張したんだから。
あれが私の限界だ。
これから用があると言う秀吉さんに手を振り、暫くして姿が見えなくなると…私の顔から笑顔は消えていた。
「…何もする気なくなったな」
憎らしい。
優しい秀吉さんが憎らしい。
私は口の中をぎゅっと噛んだ。
「ほんと、馬鹿みたい」
そう呟いた時、空には厚い雲が覆っていた。
天気にまで見放されたのか。
その日の夜はバケツをひっくり返したような大雨で、それが明け方まで続いた。