第78章 口約束でも構わない〜上杉謙信〜
ー安土城に来て、半年。
私は時々、お忍びで来る謙信様と逢っている。
ただ、たわいのない会話をするだけの健全な関係だ。
初めは偶然会って、お酒好きな謙信様におすすめのお店を教えたくて城下を案内するくらいのものだった。
でも、気づいたら彼が来る度に二人で逢っている。
自分でも驚くくらい、謙信様と話すのが心地良かったのだ。
信じられない。
あんなに怖い人って思っていたのに…。
いつしか二人で逢うのが楽しみに変わって、切なさと喜び、諦めと幾度か私の想いは忙しなく変わっていった。
あまり多くは語らないものの、時折頷いてくれる謙信様の無表情な横顔が、いつも私の心に甘酸っぱい感情を呼び起こす。
静かに私の話を聞いてくれるのが、嬉しかった。
そして、不器用ながらにも会話をしようと質問してくれるのが可愛らしくて、私は何度も口元を抑えてニヤけてしまうのを誤魔化していた。
そう、謙信様は意外にもチャーミングな方だった。
きっと、私の見る目がなかったのだろう。
彼の深い所にある優しさや陰ある部分に気づかなかった。
でも、謙信様と仲良くなればなるほど、そんな意外な一面が顔を覗かせ、どうしようもないスピードで心が持っていかれた。
これで好きにならないなんて、そっちの方が難しいのではないだろうか。
今日も、謙信様は私の横にいる。
暖かい日差しを感じながら、私たちは小高い丘にいた。
ゆっくり動く雲を眺めながら、もっとゆっくりな謙信様を感じ私は目を細めた。
「いい天気ですね。どこか遠くに出かけたくなります」
「……何処に行きたいのだ?」
「どこでしょうね…」
本当はあなたとなら、どこへでも。
でも、安土城から
この城下から
私は出られない。
出られる術もない。
私は、大事な仲間を置いてはいけないもの。
タイムループで帰る場所を失った私を助けてくれたみんなに、私はかなりの恩がある。
「海が…見たいです」
「…海、か」
「でも、ここからだと遠いですよね?」
「そうだな。だいぶあるな」
「…ですよね。自分で馬に乗れたら、行けるのになぁ」
私は馬には上手く乗れない。
道もわからない。
だから海なんて、到底無理な話なのだ。