第74章 ひと夏の恋でもいいから〜武田信玄〜
「さて、どうする?」
もうすぐ始まる花火の方に背を向けて、信玄様は私に問いかけた。
「花火よりも美しい君を愛でて良いかな?」
「は…い」
「よくできました」
そう言って、軽く私の唇に優しいキスをくれた。
「でも、花火を見つめる君も見たいから我慢するよ。すこしの間だけね」
ウインクしながら悪戯っぽくそう言われ、私は笑った。
「はい、ありがとうございます」
「素敵な夏の思い出、たくさん作ろうね…これから」
だから、この手も君のものだよ。
そう言って信玄様が私の手を繋ぎ、大きな手で包んでくれた時…私の中で花火が上がった。
見るもの全て、何もかも違って見えて
華やいで
騒がしくて
叫びたくなった。
この世界の何もかもが輝いて見えて…
「好きだよ、葉月」
信玄様が私にだけ聞こえるように言ってくれたのも
幻聴かもしれないと本気で思うくらい、夢みたいだと思った。
ー…あぁ、もし明日の朝に目が覚めて、信玄様が心変わりしても構わない。
ひと夏の恋でも、今日のことを思い出して生きていける。
そんな風に涙ぐむ私の肩を、信玄様はそっと抱いてくれた…