第74章 ひと夏の恋でもいいから〜武田信玄〜
茹だるような暑さが続く日、信玄様と私は二人で会っていた。
今宵は花火が上がるらしい。
花火…その言葉を聞いて私が思い出したように呟いた。
「私、ひと夏の恋っていう表現が嫌いです」
「なぜだい?」
「花火みたいに一瞬でなくなる感じとか、それって欲望のみだと感じるからです」
「…葉月らしいな。一時の感情で片付けられるのが嫌ってことかな?」
「はい。それに、そんなのは欲であって恋じゃないって思うから…ですかね」
私の話をいつも否定せず黙って聞いてくれる信玄様は、大人を通り越して仏に感じることがある。
幸村だったらどうでも良いと一括されそうな女子特有の下らない話も、毎回ちゃんと聞いてくれるから。
優しい上に聞き上手。
そして、話させ上手だと思う。
しかも、信玄様はそれがテクニックではないのがわかるから、つい私も余計に話してしまうのだ。
信玄様との会話は心地良く感じるから…
人というのは肯定されたり、意見を否定されずに話を聞いて貰えるだけでこんなに気持ち良くなれるのかと思う。
私も信玄様みたいに話を聞いてあげたいと思っても、ついつい自分ばかり話してしまう。
…おしゃべりな女の子にはなりたくないのに。
そっと信玄様の横顔を盗み見すると、まだ彼は微笑を浮かべていた。
私との会話など、気にも止めてないのだろう。
私は未だに彼の感情を揺さぶることは出来ないのだ。