第73章 甘えるならこんな風に〜徳川家康〜
…何か用事?
そう冷たく言いたいのに、そんなことを言ったら葉月はもう来てくれない。
でも、素直に『来てくれて嬉しい』とも俺には言えない。
「どうかした?」
これくらいが俺には精一杯だった。
葉月は目をキョロキョロ動かした後、恥ずかしそうにこう言った。
「あの…家康とお話ししたいなって…」
それだけで胸がいっぱいになり、俺は言葉を失った。
何も応えない俺の態度に不安になったのか、葉月は「あ、読書中で邪魔ならまた後で…」そう言って去ろうとしたので、俺は慌てて言った。
「行かないで」
思わず出た自分の本音に、葉月より俺の方が驚いた。
でも、今は…
何をどう思われても良い。
葉月と離れたがった。
気づいたら、葉月の手を掴んでいた。
「話そうよ、葉月」
「…家康?」
「何話したいの?何かあった?」
俺が顔を近づけると、葉月の顔が薄っすらと赤くなっていく。
その様子が可愛くて思わず微笑んでいた。
「……何で笑うの?」
じとっと俺を見る葉月の目が…、その余裕のなさが俺の支配欲を刺激した。
「別に?じゃあ何でそんなに照れてるの?」
「照れてないもん」
「ふーん?そう?」
「そうだもん…」
なんで、この子はこんなに可愛いんだろう。
さっきまでの沈んでいた気持ちがあっという間に晴れていた。
「葉月って可愛い」
弾かれたように驚いて、葉月は俺を見た。
俺はそれ以上、何も言わなかった。
葉月も何も言わなかった。
ただ、二人で見つめ合っていた。
何も話さなくても
そこにいるだけで、葉月の存在が俺の心を照らす。
本当は気づいていたのに、気づきたくなかったのは…。
きっと、もう友達には戻れないとわかっていたからだ。
俺が欲しいのは、葉月自身だから。