第73章 甘えるならこんな風に〜徳川家康〜
[家康の気持ち]
葉月が俺から離れていった。
煩わしさがなくなって、
毎日が静かになった。
葉月の声より存在より
あの子がいると、俺の中の心の音が煩くて
もっともっと…と
止めどなく欲しがる俺の気持ちが騒がしかった。
それが嫌だった。
そんな自分の悍ましい想いが嫌だった。
だから、平穏に戻って清々した…はずだった。
葉月とは普通に話すし、前が異常だっただけ。
そう何度思っても、心が晴れない。
一人の時間には慣れていたはずなのに…
寂しさを感じるなんて、そんなことないはずなのに
心にぽっかりと空いてしまった、この穴は…俺に何を伝えようとしているんだろう。
あの子は、なんであんなに悲しそうな顔をしていたのだろうか。
俺がちょっと冷たくしただけで、あんなに次の日の朝からまで引きずるくらい、あの子にとって俺の存在は大きかったのだろうか?
ー…馬鹿だな、そんなこと今更思ったって何も意味がない。
あの子はもう、以前のように俺に笑いかけてくれないだろう。
ころころと笑って、俺の心を和ませたり
癒したりはしてくれない。
優しく微笑んで、俺を見てくれることも
あの可愛い声で話しかけてもくれない
それなのに、こんなことを思うなんて
「ほんと、意味なんてないな…」
俺は読みかけの本を閉じて溜息をついた。
全然集中出来やしない。
俺もまだまだ未熟だな。
そう思った時、
「……何が、意味ないの?その本、つまらなかった?」
葉月の声がして、勢い良く後ろを振り向いた。
気配を全く感じなかった。
まさか、また葉月が俺の部屋を訪れるなんて思わなかったから。
そんなこと、予想すらしていなかった。
葉月は気まづそうに俺を見て、取り繕うようにちょっと笑った。
「あ、ごめん。また勝手に入って」
この子はいつだって
こうやって俺の部屋に断りもなく入って来る。
そう、こうやって…俺の中に。