第73章 甘えるならこんな風に〜徳川家康〜
伺うように私を見ると、「不満か?」と光秀さんは言った。
「いえ、家康からは動いてくれないだろうというのは理解出来ます。実際そうだと思うので…でも、また私から近づいて傷つくのが怖いんです」
「その時はその時だ」
「もうっ!自分には関係ないって思ってます?」
私がむくれると、光秀さんの目がふっと和らいだ。
「いや?傷つくのもまた、人と関わることの醍醐味だという意味だ。臆病になってしまうくらい相手を好きということだろう?そんな風に想えるくらい大事なら、壊れた時のことを考えるより今、一緒に居たいか居たくないかで決めた方が効率的だろう?」
そんな風に私に問いかける光秀さんの言葉に、思わず聞き入っていた。
光秀さんの声は優しげで思いやりがあって…。
いつもの意地悪を言う光秀さんとは違った。
「大丈夫だ。葉月ならきっと上手くやっていける」
…ほら。
こんなこと言わないもん。
「光秀さん…」
「…どうした?」
「今日、優しすぎて不気味です」
私が真面目な顔して言うと、光秀さんは面食らったような顔をし、声を出して笑い出した。
「…全く。お前は本当に失礼な奴だな。くくく」
笑いながらも私を見る目が優しくて、やっぱりおかしいと思う。
「…何かあったんですか?優し過ぎて心配になります」
「俺も人間だ。沈んだ顔よりも笑顔を見たいと思っただけだ」
「……え?」
「家康の気持ちも癪だが理解できるからな」
「…家康の気持ちを?光秀さんが…なんで?」
「さあ、何故だと思う?聞きたいか?」
「だ、大丈夫です」
「そうか。それは残念だ」
…全然残念そうに聞こえませんよ?
余裕ある笑みを浮かべ、光秀さんは私に言うといつもの企むような目で私を見た。
もう、すぐ揶揄うんだから。
でも…
調子が狂うな、こんな光秀さん。
優しすぎて居心地が良くて。
…弱っている私は、揺れてしまいそうになるから。
「ありがとうございます、光秀さん。家康とのこと、心配してくれて。私から家康の所に行って来ます。また前の関係に戻れるように、頑張ってみますね」
「…あぁ。健闘を祈る」
光秀さんの優しさを愛情と勘違いしてしまう前に、家康とちゃんと向き合わなきゃ。
ー…光秀さんが少し寂しそうに笑った気がしたのは、私の見間違いだろうから…。