第73章 甘えるならこんな風に〜徳川家康〜
[家康の気持ち]
光秀さんが葉月の耳元で何か言っているのが見えた。
どうせ碌なことを言っていないのだろう…。
俺は昨夜のことを思い出していた。
………
「…家康、邪魔するぞ」
そう言って、勝手に部屋に入ってきた光秀さんは開口一番にこう言った。
「忙しそうなので手短かに言う。…葉月の愛情を試すのは止めろ」
「…は?」
文机に向かっていた俺は、思わず声を出して顔を上げた。
「なんですか、急に」
「俺なりの忠告だ。今日は随分と葉月に冷たくしていたな。確かにあいつはお前の前だと騒がしい上に煩いし、よく話す。調子に乗り過ぎている時も多々ある。…どうせ、葉月に何か気に入らないことでも言われたのだろう?だからって、あれはやり過ぎだ」
…なんなの、この人。
一部始終見てたわけ?
もっと腹立たしいのは、光秀さんの言う通りだからだ。
確かに、やり過ぎてしまった。
自覚はある。
抑の原因も些細な事だった。
葉月はふざけて何度も俺を揶揄ってきたんだ。
「いえたん」だなんて、ふざけたあだ名をつけて、何度も俺をそう呼んできた。
止めろと言っているのに。
葉月はいつもそう。
一度楽しくなると、ケラケラと笑い話を聞かない。
ー…あ、なめられているなと俺は感じた。
最近の葉月の態度は、目に余るものがあったから。
だから、敢えて冷たくしたんだ。
鈍感な葉月にもわかるように。
でも、なんでそれを光秀さんに注意されなきゃいけないわけ?
「はあ。それが光秀さんに関係あります?」
「…ほう。やはりか」
イライラして答えると、光秀さんは勝ち誇ったように笑った。
…やられた。
俺の今の態度は、光秀さんの言う通りだと言っているようなものだった。
「なあ、家康…」
唇を噛んでいる俺に、諭すように光秀さんは声を掛けてきた。
「葉月がなぜ、あんなにお前に懐いていると思う?」
「さあ?物好きなんじゃないですか?」
「まあ、そこは否定しないが…お前に興味があるからだ。もっと知りたいのだろう。でなければ、あんなに露骨に話しかけない」
「…他の奴らとも話してるでしょ?」
「ふっ、気づいているくせによく言うな?圧倒的に量に差がある。親しくなりたいが故に…だ。踏み込み方が雑なのが玉に瑕だがな」