第73章 甘えるならこんな風に〜徳川家康〜
朝の過ごし方は、何より大切だ。
気分良くいられれば、その日は何とか過ごせる。
…そう、思うから。
私は朝餉の為に広間に向かった。
ドキドキしながら、廊下を進む。
無視されたらどうしよう。
まだ怒っているかもしれない。
…家康は、どんな様子なんだろう?
夕餉の時も、私は三成くんや政宗とずっと話していたし、家康は秀吉さんと難しそうな話をしていたから全然話さなかったしすぐに部屋に戻ってしまった。
ほっとしたのと同時に、何も気にかけられていないというのも寂しくはあった。
朝だし、さすがに挨拶くらい…するよね。
家康は礼儀には厳しいから。
きっと、私に怒っていても挨拶くらいはしてくれるはず。
だから…私も…
「おはようございます、葉月様」
「は、はい!おはようございますっ」
後ろから声がして、身体が跳ねた。
思わず声が上ずってしまった。
「良かった、三成くんか。おはよう」
「…なんだ、誰だと思ったんだ?」
笑いながら光秀さんが歩いてきた。
「み、光秀さん…。おはようございます」
「おはよう、葉月。…どうした?目など赤くして」
「なんでもないですよ…」
「…相変わらず、嘘の下手な娘だな」
「ち、ちが…」
ー…「おはようございます」
聞き覚えのある声に、全身の毛が逆立った。
…家康だ。
にこりともしない、いつも通りの家康だった。
「おはよう…」
返事をしながら、あまりにも変わらない様子に混乱した。
昨日のことなど、なかったみたい。
でも、距離を感じるのは私の気のせい?
それとも…
「大丈夫だ、葉月。あいつはもう怒ってはいない」
私だけに聞こえるように、光秀さんは囁いた。
「えっ…」
「違ったか?」
光秀さんのその鋭さを疎ましく思う。
何でそんなに色々わかるのだろう。
「お前は顔に出過ぎだ。もう少し隠す技を覚えろ」
そう言って、肩を叩いて三成くんを連れて行った。