第73章 甘えるならこんな風に〜徳川家康〜
家康が怒っている。
というより、イラッとしているのだろう…私に。
いつもより私との距離がある。
話しかけたら返事をしてくれるものの、乗り気のない態度。
近づこうとしない。
背中から身体から…
不機嫌さが伝わってきた。
それが私に向けらているのを肌で感じる。
原因は、なんとなくわかるような気がした。
私は家康と仲良くなれて嬉しくて、調子に乗っていた。
家康は、私以外の女性とは必要以上に話さない。
どこかで優越感を感じていて…
私に優しいのもわかっていて
家康なら許してくれるだろうと思っていた。
甘く見ていた。
ー…家康は、何をしても何を言っても笑って受け止めてくれるような気がしていた。
まるで友達のように。
家族のように近くに彼を感じて、心を許していた。
…悲しいことに、それは私だけだったようだ。
「……家康、怒ってる?」
伺うように言った私を、ちらりとも見ずに家康は言った。
「ちょっと、ね」
ちょっとにはとても見えない。
でも、具体的に何で怒らせたのかはわからなかった。
最近の私は、はしゃぎ過ぎていた。
いつもふざけていたし、素を見せ過ぎていたよね。
家康には本音が言えたし、何でも話せた。
思い返しても、配慮が欠けた発言や行動の数々だった。
…鬱陶しくなったのかな、私のこと。
嫌気がさしたのだろうか。
「…ごめんなさい」
小さい声でそう言った時、秀吉さんの声がした。
「……家康、ちょっと良いか?葉月もいたのか。すまんが…」
「あ、大丈夫です。すぐ離れますから」
「離れます?何を言って…」
「失礼しましたっ」
私は逃げた。
これ以上、家康と向き合うのが怖くなった。
…もう、家康に優しくしてもらえないなら私から離れたい。
家康が気づかないくらい自然に…
何事もなかったように、距離をとりたい。
離れて、もう必要以上に会話をしない二人に。
前みたいになれば良い。
家康の方から私と距離をとったことがすごく悲しくて。
あんな想いをするくらいなら…
もういっそのこと、他人くらいの間柄になりたいと思った。
そのくらい、ショックだった。