第70章 かざぐるま〜明智光秀〜
見惚れてしまう程、笑顔の光秀さんは美しい。
でも、何か言わないと気まずい雰囲気だ。
黙って待つ光秀さんの目が何もかも見通しているようで、私は慌てた。
「…えっと…えっと…あの、ですね…」
光秀さんはまごまごしている私を静かに待っていた。
本当は特に用なんてない。
光秀さんの部屋に気配を感じて、思わず訪れた…なんて言えるはずもなく。
当たり前だが、どんなに考えても用が浮かんでは来なかった。
「…あ。やっぱり忘れました、用事…。また思い出したら来ます。失礼しました」
私は立ち上がって、光秀さんの部屋から退散しようとすると…
「…葉月。では、用事を思い出すまで此処にいろ」
「……え?」
「この書状を書き終わるまで待っていろ。少し付き合え」
「あ…は、はい」
私が返事をすると、流れるように目線だけ私に残し光秀さんは再び文机に向かった。
私は座り直り、邪魔をしないように少し離れた場所で静かに待った。
さらさらと筆を動かす光秀さんを後ろから見つめた。
何かに集中している好きな人の後ろ姿というのは、どうしてこんなに素敵なのだろう。
胸がぎゅーっと締めつけられるくらい、ドキドキする。
思いっきり眺めていられるこの時間が幸せ過ぎる。
ー…ずっと、此処にいたいな。
あぁ、私はこの人の筆になりたい。
優しく持たれて、側にいられて、光秀さんに大事に扱われて…光秀さんの役に立てる。
良いな。
字を書く光秀さんを待ちながら、私はそんなことを思った。
暫くして、ふっと息を漏らすように光秀さんが笑った。
書き物が終わったらしい。
「しっかりと『待て』が出来るとは感心だな」
「…私、犬じゃありませんよ?」
「違ったか?なら、褒美はいらんようだな」
「え?何ですか?!褒美、欲しいです」
私が食いつくと、光秀さんは少し笑い軽く身支度を整え、立ち上がった。
「…待たせたな。さて、出かけるか」
「え?出かけるのですか?」
「あぁ。城下に用がある。一緒に来い」
「…それって…」
なんか、デートみたい。
光秀さんはそんなことなんて思ってないとはわかっていても、この浮き立つ気持ちはどうしようもなかった。
冷静にならなきゃ
はしゃいだら、恥ずかしい。
「来るか?」
「…行き、ます!」
そう、きっと意味なんてないのだから。