第66章 続・さようならと言えなくて〜明智光秀〜
人間は愚かな生き物だ。
失って初めてその大切さに気づく。
俺もまた、例外ではない。
葉月…別にお前と関わるのが嫌だったわけじゃない。
お前からの愛情は真っ直ぐすぎて、受け止められなかった。
受け止めきれなかった、と言った方が正しいか。
眩しすぎるくらいの愛をくれるお前が…
葉月が消えて数日…
御殿で書き物をしていると、座っていた久兵衛が言いにくそうに口を開いた。
「光秀様、あの…差し出がましいかもしれませんが…。最近、お食事を召し上がれたのはいつですか?」
「覚えておらんな」
「それは…食べていないからでは?」
「ふっ、腹が減らんのだから仕方なかろう」
「身体の為にも何か召し上がって下さい」
「なんだ、久兵衛…お前まで。まるで…」
ーー…『光秀さん、ちゃんと食べて下さい。お仕事忙しいのはわかりますけど、身体に毒です』
頭の中で、葉月の声が聞こえた。
一瞬、身体の動きが止まる。
それを悟られないよう静かに筆を動かしながら小さく息を吐くと、久兵衛を見て言った。
「そうだな。これが片付いたら、何か口に入れよう」
「…お願い致します」
久兵衛は頭を下げると、部屋から出て行った。
時折、こうやって瞼の裏に葉月の笑顔が浮かび、俺を呼ぶ声がする…。
『ー…光秀さん』
お前が消えてからも、お前の存在を感じてしまう。
何処かからふと顔を出すのではないかと、無意識に探してしまう。
お前がいないのは、承知の上で…。