第60章 ある春の日に〜安土城から〜
「えっ?えっ?!葉月様?」
「どうした、葉月。光秀に虐められて辛かったんだろ?そうだよな」
慌てた三成くんと秀吉さんが私を囲み、声を掛ける。
私は涙が止まらなくて、暫く泣いていた。
「…何泣かしてるの、三成」
「家康様!ど、どうしましょう」
偶然通りかかってくれたのであろう、家康さんが呆れたように言った。
家康さんは睨むように三成くんに視線を送った後、その綺麗な瞳で此方を見た。
バチッと視線が合う。
「家康さん…」
「いつまでさん付けで呼ぶつもり?家康で良いから」
「家康…?」
「そう、家康」
「うぅ」
「…えっ?なに?」
また泣き出した私に、家康まで慌てる。
「ちょっと!俺が泣かしてるみたいだからやめてよ」
「葉月様、大丈夫ですよ。家康様は優しい方ですから」
「うるさい、三成。元はといえば、お前が泣かしていたんだろ?」
「いや、始めは光秀だ。それより家康、もっと三成に優しい言い方をしなさい」
「何言ってるんですか。秀吉さんだってずっと葉月にキツい言い方してましたよね」
「それは、悪かったって…」
「まあまあ、家康様」
「まあまあじゃない!俺は三成に宥められるほど落ちぶれてないよ」
…クスクス。
我慢できずに笑い出すと、三人が一斉に此方を見た。
「なんだ、笑ってるじゃない」
「そうか。良かった…」
「笑顔が可愛らしいですね、葉月様は。…もう、大丈夫そうですか?」
「三成くん…」
気づいていたんだ、私がいつも三成くんの笑顔を半信半疑で受け止めていたことを。
それでもずっと私に笑いかけてくれていたんだ。
「あ、ありがとう…三成くん」
私がまた泣き出すと、「あーあ、また泣かした」と三成くんを責めるように家康が言った。
「いや、きっと安堵した涙だ。な、葉月」
そう秀吉さんが言い、私は泣きながら頷いた。
そんな私を三人が温かい眼差しで包んでくれた。
涙を手ぬぐいで拭きながら、光秀さんの匂いがする手ぬぐいを握りしめて感謝した。
…みんな、優しいな。
私はやっと、此処にいても良いのかもしれないと思い始めることができた。
そんな思い出深い一日になった。