第59章 赤い跡をつけて〜明智光秀〜
次の瞬間、光秀さんに肩を掴まれて引き寄せられたかと思うと、あっという間に首元を吸われる。
私はびっくりし過ぎて固まった。
すると、チクッと小さな痛みが走る。
「んっ!」
思わず溢れた声に、光秀さんがゆっくりと離れ満足そうに赤い跡をなぞった。
「これは大変だ。肌荒れではない跡が出来てしまったな。秀吉達がまた騒ぐぞ」
全然大変そうに聞こえない光秀さんの口振りに、私はますます混乱してしまう。
「…な、なんで、こんなこと…」
「もうわかるように教えたはずだが」
「……また、さっきみたいに揶揄ってるんですよね?」
「そうか。まだそう思うなら、次は此処にしてやろうか」
光秀さんが次に触れたのは、私の唇だった。
そんな宣言をされ、私は戸惑いながら光秀さんを見つめた。
「…光秀さん…?」
「さて。どうする…葉月」
ドッドッドッ…。
私の心臓が可愛くないリアルな音を立て、緊張を伝えてくる。
やめて。
これ以上、ふざけないで。
揶揄わないで。
そう言いたいのに、口づけを期待してしまう気持ちが勝り、口は開いても言葉が出ない。
「だから、言っただろう?…考えろと」
言われた意味を考えたいのに。
顎を掴まれると、もうパニックだった。
私に向かって、ゆっくり顔を近づける光秀さんを止めることが出来ない。
私が光秀さんを凝視していると、光秀さんがふっと笑った。
「なんだ?早くして欲しいのか?」
「ち、ちが…」
「違うようには見えんがな…。こういう時は目を瞑るものだ、小娘」
囁くように言われ、慌てて目を瞑った。
光秀さんの考えていることなんて、わからない。
わらないから、考えるのをやめて身を任せた。
こんな風に光秀さんに迫られて、拒絶とか私にはできない…。
でも、なかなか触れない唇に目を開けると…光秀さんが笑いながら此方を見ていた。
「…葉月、お前は可愛いな」
そう言うと、慣れた手つきで私の顎を少し上に持ち上げると、形の良い唇を私の唇に当てた。
知っているのだろうか。
この人は私が初めて口づけをしたということを。
まるでなんでもないようにしている行為が、私には大事件であることを。
足元から崩れ落ちるような衝撃だった。
以前の私はどうしていたか忘れてしまうくらい、その日を境に私の世界は変わった…。