第56章 先生と私(現パロ)〜武田信玄〜
初めて彼を見た時……
ーーなんて格好良いのだろうと思った。
そして、こんなに格好良いなら長く付き合っている恋人がいるだろうと思ったし。
この人は付き合っている相手を大事にするタイプだろうと直感で感じた。
女の直感というヤツは、当たるのか当たらないのか知らないがとにかくそう思ったのだ。
そして、ちょっと同情した。
彼の恋人は心配が尽きないだろうな、と。
あれだけ顔面が良いと相当モテるだろうし、勝手に女の子たちの方から寄ってくるだろうって。
でも、そんな易々とアプローチにのるような人にも見えないから大丈夫だろうけれど。
………ま、でも私には関係ないし。
あぁいうタイプには恋しないに限る。
そう思っていたのに。
私には関係ないとか、縁がないとか思った相手の方が深く恋に堕ちてしまうのは…私だけだろうか?
そこでは、女の勘は全く働かない。
何やっているんだろうと思う。
こんな見込みのない恋をして。
どうして自分を好きにならなそうな人を好きになってしまうのだろう。
わかっていたのに、こうやって片想いをしている自分が…
「…やだっ、もう!」
「ー…葉月、何が嫌なんだい?」
「センセが格好良すぎて、嫌です」
「こらこら、大人を揶揄うんじゃないよ。それに、今は勉強の時間だろう?」
…本当なのに。
私は不貞腐れながらまたノートに目を落とす。
何言われたって、動揺したりしない。
私の言葉に惑わされたりしない。
武田信玄さん。
彼は私の家庭教師だ。
苦手な数学と小論文は、今も苦手。
でも、彼との勉強の時間は好き。
公式を説明する口元を見ながら、歯並びの良さを確認する。
白い歯だな…。
少しミントの香りがするのは気のせいかな?
何にせよ、先生から香ってくる匂いは好ましい。
私は、先生を作る全てのものが好きだ。
この顔も、髪も、身体も、手も、声も…。
手に入らない、その心さえも。
好きになってしまった。
私に初めて掛けてくれた言葉を今でもはっきり覚えている。
「…可愛いらしいお嬢さんですね」
何千回と言われた、社交辞令だ。
でも、不思議と彼から言われた時は本心で言ってくれているような気がして素直に嬉しかった。
優しい声が私の頑なな心を溶かしてくれたのだ。