第56章 先生と私(現パロ)〜武田信玄〜
いつものように、机に2人で向かいながら横にいる先生を見た。
先生がいるだけで、自分の部屋が違う場所のように感じるのはなぜだろう?
ときめきだけに浸りたいのに…。
数学の問題と睨めっこしながら、私は口を尖らせる。
「数学が人生の何かに役立つとは思えないとか、言いますよね?」
「…そうだね」
「私、別にそこまでは思いませんけど…ただ脳が拒否しています。この公式が全く頭に入ってきません」
「……そうか。それは困ったね」
優しい笑顔でそう答え、武田先生は机に肘を付いた。
私は困らせたい。
この人を。
今だけでも良いから、私で頭をいっぱいにさせたくて文句ばかり言いたくなる。
間違ったアピールの仕方だ。
家庭教師だから、この時間だけなら彼は私のワガママに付き合ってくれるから。
独り占めしたいの。
「小論文は、すごく上達しただろう?初めは好きじゃない、上手く書けないって言ってたのに。数学もこれから解るようになるかもしれないよ」
「でも、小論文は先生に初めから筋が良いって言われてました。センスがあるって。数学にはセンスないです、私」
「うーん、そうきたか。とりあえず、数をこなそう。じゃあ…こっちの問題からやってみる?」
「わかりません」
「こらこら、まだ解いてないだろう?」
「解かなくてもわからないのはわかります」
「…すごい理屈だね」
私の発言に苦笑いをしている先生は、慈愛に満ちている。
私に嫌な顔一つしない。
優しい…ずっと優しい。
だから、怒らせてみたくなる。
でも、きっと…この人は怒らないのだろう。
それは私だけじゃなく、誰に対しても。
でも、私はもう知っているのだ。
優しい人は皆に優しいことを。
私は特別ではないということを。
…もう、子どもじゃないから。
甘いアメだけじゃ私は言うことなんて聞かないんだ。
先生は、私にムチは全くくれない。
甘く甘く、ただアメだけをくれる。
それが初めは嬉しかったのに、今は不満だ。
私は、先生があまりにも優しいだけなのが嫌なのだ。
表面上の優しさなんて、もういらない。
私は、先生の心にも触れてみたいから…。
ーーー私にもっと心を内面を見せて欲しいの。