第54章 恋をしたのは〜徳川家康〜
ただ家康に好かれていたのが、嬉しかった。
言葉にできないくらいに…とても。
こんなにずっと近くでいて、情けない姿しか見せていない私を。
家康に頼ってばかりの私を…そんな風に想ってくれてたなんて。
「ありがとう…」
「何がありがとうなの?まだ好きだって言ってないけど?」
…あ、そうだった。
早とちり。
私が恥ずかしくなって俯くと、家康がやっと優しく笑いかけてくれた。
「葉月は目が離せないな。すぐ心を奪われるから」
「そんなこと…」
ないとは言えず、私は口を継ぐんだ。
「どうせ、三成以外の誰かでしょ。あんたにちょっかい出してきたの。光秀さんか政宗さん辺りが怪しいな」
…さすがだ。当たりだった。
私が驚いて目を見開くと「…やっぱり」と当てたくなかったような顔をする。
「俺以外の男のことを想っていたなんて…。考えただけでムカつくよ」
胸がキュッとなる。
家康のヤキモチ、すごく可愛い。
不貞腐れた顔も愛おしいくらいだった。
「…家康。やっぱりありがとう。私、嬉しい。家康の気持ち」
私が微笑むと、家康が気まずそうにちょっと目を逸らした。
ちょっと赤くなる耳だけが、素直に家康の気持ちを表していた。
「ごめんね。もう、家康しか見ない」
「…本当?」
「本当だよ」
…そんなことされたら、家康のことしか考えられないよ。
そう耳元で呟くと、家康はほっとしたように笑った。
「これからもっと葉月の頭の中、俺でいっぱいにするから覚悟して」
家康には敵わない。
もうこれ以上なんて、無理だよ。
そんなあなたに恋をしてしまったから…
「…やっぱり家康に相談して良かったな」
私は、家康に止めて貰いたかったのかもしれない。
舌を出して惚けた私に、家康は困ったように笑う。
「あんたって、本当に馬鹿だね。仕方ないから一緒にいてあげるよ」
そう言って、私の次の言葉を柔らかい唇で塞いだ。
好きとは一言も言われていないのに、愛を感じてしまう。
安っぽい愛の囁きより、家康らしくて好ましい。
家康にこうやって塞いでもらえるなら、もう暫くは話せなくても良いな。
そう思ってしまうくらい、私に幸せな口づけをくれたのだった…。