第54章 恋をしたのは〜徳川家康〜
「家康の意見が聞きたいの」
「…俺の意見?そんなの聞いてどうするの」
「これが恋かどうか判断してもらいたいし、駄目なら駄目って言って欲しいの」
「なんだよそれ。…俺にどうしろって言うんだよ」
そうぼそっと呟いた声が聞こえた。
静かに怒りが増してきている家康に気づき、慌てて家康の袖を引っ張った。
どうやら私は気に触ることを言ってしまったようだ。
「あっ!ごめんなさい。うそうそ、もうこの話お終いにするから。薬草の勉強の続きを…っ」
「葉月」
「は、はい」
「その手、どかして」
「…っ、ごめん」
私が掴んでいた手を離すと、家康が納得いかない様子で手を止め、此方を見た。
「葉月って俺には気軽に触るよね?何で?」
「な、何でって…」
「意識してないからって言われてるみたいで腹が立つよ」
「…家康」
「その好きなヤツには触れないんでしょ、どうせ。あんたのことだから」
「ごめん。もう触らないから…だから…」
…怒らないで。
こんなつもりじゃなかった。
私はいつもみたいに家康とただ楽しく会話がしたかっただけ。
私は甘え過ぎなんだ、家康に。
こうやって悩みを打ち明けると聞いてくれてるから…。
甘える癖が出来てしまったんだ、きっと。
「家康を怒らせるつもりも不快にさせるつもりもなかったの。本当だよ?」
「ふーん、そう。許して欲しい?」
「許して…欲しい。もう勉強中に余計な話、しないから」
「あんたらしい解釈だね。俺が怒っている理由をそう捉えるなんて」
「え…?」
「もういいよ」
「本当?」
「あぁ。でも、俺が怒ったのはそんな理由じゃないよ」
家康は、私の腰を引き寄せ身体を近づけた。
綺麗な瞳に苛立ちを滲ませて、私を見据えるとふっと口元だけで笑う。
目が…離せない。
身体が動かない。
どうして、そんな目で見るの…?
家康が私の髪の中にゆっくり手を入れて、後頭部を優しく掴むと更に顔を近づけた。
その時、毛穴中の毛穴が開いた気がした。
この高揚感は、あの時以上に。
その比じゃないくらいに、私の鼓動を昂らせた。
「……葉月」
そう甘く囁かれ、さすがの私も家康の気持ちがわかった。
家康が私に好意を抱いていたなど、予想もつかなかったのだ。
でも、もっと驚いたのはそれを喜んでいる自分にだった。