第54章 恋をしたのは〜徳川家康〜
「不思議な髪型だな」
長い髪を編み込みした日。
ふいにそう言われた。
その指先が私の髪を持ち上げ、後れ毛に触れられた時…身体中の毛穴が開いた気がした。
一気にそこに意識が集中して…敏感になった。
きっと、これをときめきと呼ぶのだろう。
いや、欲情に近いのかもしれない。
私はこの人が褥でどんな風に振る舞うか想像してしまったからだ。
男の人は女の人を見ると、やれるかやれないかをまず考えると聞くが、それに似たものなのだろうか。
…想像している時点で私の方がもっといやらしいのかもしれない。
目が合った時
声が聞こえた時
側にいる時
ドキドキして意識して、上手く振る舞えない。
もし抱きしめられたら…きっとこうだろうとか。
口づけの時は屈んでくれるはずとか。
無駄な想像力を発揮してしまい、そこから発展はしない。
頭の中で考えて、満足してしまうのだ。
…これは恋なのだろうか?
✳︎✳︎
「葉月?最近、ぼんやりが過ぎるね」
「…だよねぇ」
「何か悩み事?」
「悩みとはまた違うような気がする」
「…は?」
「恋煩い、かも」
「………はぁ」
「家康?どうしたの?」
「それ、俺に相談するつもり?」
「だって、家康しか相談する人いないんだもん」
家康はげんなりとした顔をして、私から目を逸らした。
そして、再び本を読みながら薬草を調合していく。
薬草のことを教わりに家康の部屋に来たのに、恋の相談をしようとしているのだから呆れられても仕方がない。
「ねえ、家康…?」
「相手は誰とか問うのも想像するのも腹立たしいよ」
「…ごめん」
「何のごめん?謝られる方がイライラするんだけど」
「えっ何で?」
「…葉月には一生わからないと思う」
「ひ、ひどい」
そう言って、家康はまた薬草をゴロゴロとすり鉢で潰していく。
口調はキツいのに、薬草を潰す音は静かで丁寧だ。
仕事が出来るタイプだな…と私は家康を見ながら思う。
そんな家康をいつも尊敬している。
冷静な判断と客観的な視線、私に欠けたものをたくさん持っているから。
だから余計に家康に相談したくなる。