第52章 冷たい手をとって〜帰蝶〜
…馬鹿だった。
私は帰蝶さんを信じて着いて行き、あっさりと誘拐されてしまったのだった。
帰蝶さんの洋館に来るのは二度目だった。
あの時は助けが来たから帰れたけれど、今回は…難しい気がした。
「学習しない娘だな。俺が敵だと忘れたか」
「……私だってそう思っています」
そう言いながらも、目が吸い寄せられるように帰蝶さんを見つめてしまう。
どうして、こんなにも目が奪われてしまうのだろう。
「…なんだ?」
また視線を斜めにして帰蝶さんが問う。
「綺麗だなって思って…」私が思わずそう呟くと、帰蝶さんが鼻でふっと静かに息を吐いた。
「心の声が漏れているぞ」
「あ…」
「そんなに俺の顔が気に入ったか」
薄く笑う顔には優しさのかけらも見えないのに、私は急に胸が苦しくなる。
私はそれを誤魔化したくて、帰蝶さんに声を掛けた。
「あの、帰して下さい。私が急に消えて、皆びっくりしていると思いますし」
「まさか、また俺に連れ去られているとは…彼奴らも思わないだろうしな」
う…。
間抜けだと言わんばかりの帰蝶さんの言い方に言葉が詰まる。
「それに…俺は忠告したはずだ。次はない、とな。次お前を捕らえた時は逃がしはしないと言ったのを忘れたのか」
…忘れてなんていない。
なのに、どうして私は此処にいるの?
何も言い返せず、俯く私に追い討ちをかけるように帰蝶さんが言った。
「そんなに離れたがったか、俺と。自ら罠にかかってしまうほどに」
かあっと頬に熱を感じて、私はますます顔を上げることが出来なくなる。
「耳まで赤くなっているな。そうなのか?」
「ち、違います。違いますけど…」
目眩が治ったはずなのに、また世界が揺れる。
この人は危ないと頭の中で警報が鳴るのに、何処かで喜んでいる自分に気づく。
心を奪われてはいけない相手にこそ強く惹かれてしまうのは、人の性なのか。
駄目だと思えば思う程に、惹かれてしまうのは…
もう恋に落ちている証拠なのだろうか。
「わかりません…私にも」
「なら、俺がわからせてやろう」
そっと帰蝶さんの手がまた私の前に差し出される。
この手をとってはいけないと思うのに…。
抗えないのは
なぜ…?
《冷たい手をとって》おわり