第52章 冷たい手をとって〜帰蝶〜
身体は丈夫な方なのに。
月に一度か二度、目眩に襲われる。
その日は小春日和というより初夏のように急に暖かくなり…昼間、城下に出掛けた私は道中でふらつき、歩けなくなった。
慌てて道の端にある塀に掴まり、蹲る。
「…おい」
目眩とは付き合いが長いのに、突然襲いかかるから対策もできない。
こういう時は、落ち着くまで深呼吸…。
肩でゆっくり呼吸していると、声を掛けられているのに気づく。
「…聞こえないのか?」
私はゆっくりと声をする方を見た。
「……真っ青だな。具合が悪いのか?」
萌黄色の瞳がひたりと私を見ていた。
そんな目の下には薄っすらと影がある。
人間離れした美しい顔に、抜けるように白い肌…やや蒼白いくらいだ。
この人は…
…死神?
ただの目眩だったはずなのに。
とうとうお迎えが…?
「木陰に行け。此処では休まらない」
「…え?」
私に差し出された手をぼんやりとした頭で受け取る。
…なんて冷たい手だろう。
「…すみません、お手数おかけして。できればあの子と同じ場所に行きたいです」
「……あの子?」
「昔ウチにいた、亡くなった猫です。その子に逢いたくて…」
「…何を言っている」
死神さんは、私を木陰に連れて行き手拭いを広げ、風を送ってくれた。
ふわっと風がくると気持ち良くて目を瞑る。
「すみません…。ありがとうございます」
回っていた世界が、やっと静かになった。
気持ち悪さも少し収まりつつある。
…良かった。
そう思って前を見ると、黙って此方を見る切長の目とバチリと合った。
あれ…?
まさか貴方は…
視界がはっきりしてきて、やっと彼の輪郭が目の中に入ってくる。
「大事ないか?」
「あ、はい」
「可笑しなことを口走っていたな。死んだ猫に逢いたいだとか」
「そ、そんなこと言ってました?」
「ああ」
…死神かと思って話しかけてましたとは言えない。
我ながら失礼極まりないもの。
「あの、ありがとうございました。帰蝶さん」
「礼など不要だ。たまたま通りかかっただけだ」
「でも…」
「ならば、少し付き合えるか」
私を見下ろすように静かに話す帰蝶さんが、あまりにも綺麗で見惚れてしまう。
気づけば、また帰蝶さんに向かって手を伸ばしていた。