第3章 貴方に触れたくて〜徳川家康〜
私はほとほと疲れていた。
こんなに逢瀬が苦痛なものとは思わなかったのだ。
相手には問題はない。
普通に優しくて良い人だと思う。
顔も整っているし。
治郎さんというらしい。
でも…家康の方が百倍カッコイイと思った。
いかんいかん、首を振って忘れようとする。
でも、無意識に比べてしまうのだ。
話していても…
家康だったら、こんな言い方しないな。
何か食べても…
家康と食べた茶菓子、美味しかったな。
私がどちらかで迷うと、必ず二つ注文してくれて。
私に半分くれたっけ。
「…葉月さん?」
「あ、はい」
もう帰りたい。
秀吉さんの姿は見えないし、早く断って帰ろう。
「あの、私…」
「こんなに素晴らしい逢瀬は初めてでした」
「また会って頂けますか?」
急に手を握られて、ゾゾゾ〜ッと鳥肌が立つ。
「ご、ごめんなさい。私…」
手を引こうとしても、捕まったまま動けない。
「葉月さん…」
顔が近づいてくる。
ひー!やだー!
家康ー!!!
すると、温かい手のひらの感触を口に感じた。
「動くな」
有無を言わせないような、家康の鋭い声がした。
「今、戦場だったら間違いなくお前を切ってる」
ギラリと目が光り、静かに男に告げた。
家康は、相手の顔を片手で押しのけ、
もう片方の手で私の唇を覆う。
まるで、大事な物を扱うように。
「気安く、この子に触らないで」
そう言うと、両手で私を包んで隠してくれた。
家康はバカ…と口だけ動かして、私を見た。
その目はもう怒っていなかった。
いつもの優しい家康が私の目の前にいる。
「いやー、すまんすまん」
「秀吉さん!」
もう、遅すぎます!
「秀吉さん、後はお願いします。この子の手当てをしないといけないので。それでは」
「おう!じゃあな」
秀吉さんが明るく手を上げた。
「あ、あの…」
治郎さんがしどろもどろになっている。
「よーし、飲みにでも行こう!治郎殿」
秀吉さんが治郎さんの肩に腕を回して連れて行ってくれた。
「家康…?」
家康は私の手を掴み、ずんずん歩いていく。
初めて手を繋いだ。
そういえば、今まで家康は私に気安く触ったりしなかった。
治郎さんに触られるまで気づかなかった…。
胸に温かいものがぶわぁ〜と溢れてくる。
家康が私にどんだけ優しくしてくれていたか、わかったから…