第51章 約束〜明智光秀〜
私の言葉に顕如さんが急に黙り、艶を含んだ瞳でじっと見つめてきた。
私がみるみる顔を赤らめていくと、それに耐えきれないように笑い出した。
「かっ、揶揄いましたね?!」
「そんなに困った顔をするな。
あの織田信長から寵愛を受けていたというのに、随分と初心な反応する」
「ちょ、寵愛なんて受けていません。それはただの噂です。私と信長様には何一つ…」
「…噂?では、忘れようとしているのは別の相手か」
「……っ!」
「本当にわかりやすいお嬢さんだ。まだその男が好きなのだな」
「…でも、その人は欲で私に手を出しただけなので。じゃないと、手を出される理由が浮かびません。たぶん信長様への反骨精神とか背徳感とか…」
「驚くほどに後ろ向きな見解だな。まあ、欲で手を出すというのは間々あることだ。
それと、もう一つ男が手を出す理由がある」
「…それは何ですか?」
「ー…どうしてもその女子を手に入れたい時だ。自分の物だけにしたい、そう強く想った時だな」
「どうだ。身に覚えはあるか?」
「…ない、です。そんな風に想われたら幸せだなって思います」
「そうだな。しかし、言葉で言うほど柔な感情ではないがな」
「……顕如さんもご経験が?」
「まあ、そうだな」
また切ない笑顔を見せる。
そんな顔しないで。
あなたに想われる人はきっと幸せですから。
それぞれの想いを抱えて、私たちは生きている。
私は悲しくなり、片方だけ涙が頬に流れた。
「…今、もし想っている相手が此処にいたら何と伝える?」
「勝手ばかりしてすみません…って言います。私の想いを受け入れてくれて、ありがとうございましたって…言いたいです」
顕如さんは「…そうか」と呟いた。
その言葉が胸に染みて、また泣きそうになる。
ー…光秀さんに、一目で良いから逢いたい。
そんな叶わない願いは、涙と一緒に流すしかない。
この会話を、蘭丸くんが影で聞いていることには気づかないまま私は黙った。