第51章 約束〜明智光秀〜
………
顕如さんのお寺に来て、もう何日経ったのだろう。
外で掃き掃除をしながらぼんやりしていると、誰かに声をかけられる。
「葉月様…」
「は…い……」
いつもと声を変えて話しかけられたから、わからなかった。
私の後ろには、光秀さんが立っていたのだ。
心臓が止まるかもしれない。
それくらい驚いて、手足が震えて持っている箒を落としてしまった。
そんな私に反して、光秀さんは冷静そのものだった。
そう、まるで何も無かった相手を見るように。
何の感情もない、いつもの光秀さんだった。
「……っ!?」
「本当に此処にいたとはな」
「あ…あの…」
「散々探しても見つからないわけだ。お前は越後の龍や甲斐の虎だけでなく、顕如まで引き入れていたとはな。さあ、帰るぞ」
そう言って光秀さんは腕を掴み、私を引き寄せようとした。
「いや…です。私がいたら迷惑をかけますから」
「…誰がお前がいると迷惑だと言った?勝手に決めつけるな」
「離して下さい」
「なら、俺の手を振り払っていけ」
「……っ」
「嫌なのだろう?」
そんなの、できない。
光秀さんに触れられて、身体中が喜んでいるのに。
そんなこと…
私は目を瞑って、光秀さんから顔を背けた…その時。
「そこで何をしている」
顕如さんの鋭い声に、光秀さんの掴んでいた手が緩んだ瞬間、私は走り出し顕如さんの後ろに隠れた。
「何用だ。…お前は、明智光秀か?」
「顕如。その娘、返して貰おうか」
「…断る、と言ったら?」
「出来ない相談だ。信長様の命が下がってる。葉月を連れ帰れと」
…やっぱり光秀さんが探してくれたのは信長様の為なんだ。
私を求めていたわけじゃない。
私は顕如様の影に隠れ、下を向いた。
…帰りたくない。
顕如さんはふんっと冷ややかに笑った。
「噂に聞くより随分と雑な仕事ぶりだな。余程余裕がないように見受けられる」
「…こちらも急いでいるだけだ」