第51章 約束〜明智光秀〜
光秀さんがもっとひどい人だったら。
私を弄んで捨てるような人だったら…
信長様の好意を受け取っていたかもしれない。
信長様のことも大事には思っていた。
人として尊敬しているし、結婚の申し込みもありがたかった。
でも、思い浮かぶのは光秀さんのことばかり。
いつだって私に触れてくれる時は優しくて。
あの指先だけは、光秀さんの本来の姿じゃないかって信じたくなってしまって…一度だって憎めなかった。
光秀さんにとっては、何でもないことかもしれない。
私に囁いてくれた甘い言葉だって。
私とのひとときだって。
それでも構わないって思うほどに、もう溺れている。
そんな今の私が光秀さんを見たら、隠しきれず出てしまうだろう。
顔にも仕草にも、彼を恋しく想っていることが端々に。
それをあの信長様が見抜かない訳がない。
私との関係に気づかれたら、光秀さんの心象はどう繕ったって悪いに決まっている。
…光秀さんが居づらくなる。
あんなに命を削って働いているのに。
そんなこと、させてはいけない。
だから、今すぐにでも消えないといけない…私から。
信長様には悪いけれど、手に入らないからこそ欲しくなるのだと思うのだ。珍妙な私のことなんて。
いや…そうであって欲しい。
信長様に惚れられる要因が一つも浮かばないもの。
光秀さんだって、私が居なくなっても何も変わらずに過ごすだろう。
私のことで傷つくはずはない。
それに、光秀さんなら信長様にも悟られずに此処にいられる。
今まで通り、みんなで生きていけるだろう。
さて。
城から出れたとして、何処へ行こう。
佐助くんとも私からは連絡取れないし。
越後には迷惑だろうし、行けない。
現代に帰るしかない。
それまで身を隠したい。
でも…そんな場所、私は知らない。
その時、蘭丸くんの言葉が浮かんだ。
『ー…俺はいつでも葉月様の味方だからね』
蘭丸くんの優しい声が耳にまだ残っている。
それでも、好意に甘えられない。
その言葉だけを胸に抱きしめて、ゆっくり首を振る。
蘭丸くんまで巻き込めないもの。