第51章 約束〜明智光秀〜
私が下を向いて不満げにしていると、光秀さんがゆっくり近づいて、荒れた私の手を取った。
小袋一つ作っただけで、私の手は傷だらけだ。
家庭科が苦手だった私は、筋金入りの不器用なのだ。
恥ずかしくて隠していた手を目敏い光秀さんが気づかない訳がなかった。
光秀さんはそれを労わるように、私の手をそっと摩って言った。
「…無事に帰れたら、一番に逢いに来る」
誠実そうに言う光秀さんの顔を、信じられない想いで見つめた。
…光秀さんは、私の目を見て嘘をつける人だ。
でも、できない約束をする人じゃない。
私はなんと返せば良いかわからず、言葉が出ない。
どうしよう。
まにうけてはいけない。
そう思ってはいても、込み上げてくる甘い疼きは止められなかった。
「待っていますね。無事を祈りながら…」
あなたの帰りを、いつまでも。
そう、祈るしか出来ない自分の不甲斐なさを恨みながらも、此処で待っています。
…………
しかし戦いが終わっても、光秀さんは私の前に現れなかった。
きっと忙しいから。
外せない所用が出来たから。
たくさん理由を考えたって仕方ないのに、来ない理由を一生懸命に探してしまう。
でも、逢いたかったら逢いに来るだろう。
シンプルに考えればわかること。
そう、そこまでして逢う程ではない…そういうことなんだ。
私は。
光秀さんの中では恐らくその他大勢の自分。
それを受け入れるのが辛くて、空を見上げてしまう。
辛い時に見上げる空はどうしてこんなにも青々として澄んでいるのだろう。
私の悩みなんてちっぽけだ。
光秀さんが無事なだけで良いじゃないか。
みんなが生きて帰って来て良かった。
そう思おう。
悩んでも仕方ないもの。
私はモヤモヤしてしまう頭を振り、女中のみんなと一緒にご馳走の準備をした。
自分をそう慰めながら、時間が過ぎていった。