第50章 抱きしめて欲しくて〜豊臣秀吉〜
「葉月、ちょっと良いか?」
急に訪ねて来た秀吉さんの声に驚き、「は、はいっ…!」と思わず声が裏返る。
私が襖を開けると、秀吉さんが本当に立っていていた。
つい、見入ってしまいぼんやりしてしまった。
私から誘わないと秀吉さんは決して部屋には訪ねて来ないのに。
「入っても…良いか?」と遠慮がちに言われ、何かあったのかと不安になる。
「どうしたの?秀吉さん」
「あ、いや…。その……」
「…?」
私が座布団を勧めて座って貰うと、秀吉さんは頭を掻きながら横を向いて言葉を探しているようだった。
「何か…悩み事?」
「いや、違う」
「私に何か用事?」
「いや…違う」
「え、じゃあ一体…」
…何?
秀吉さんらしくない余裕の無さそうなその振る舞いに、私はますます疑問が膨らむ。
「もう、こういうのはやめよう…とか?」
「……」
何も答えないってことは、『それ』なのね。
私の気持ちが風船のようにしぼむ。
…秀吉さんに言われる前に私から言いたかったな。
それ、秀吉さんから言われるのはキツいよ。
「そうだよね。ごめんなさい。
私が…いけなかったよね。秀吉さんが優しいからって甘えて…。
つい離れがたくて、私…だから」
だから?
だからなんだと言うのだろう。
私が言葉に詰まると、秀吉さんがやっと口を開いた。
「だから、なんだ?…誰でも良かったのか、葉月」
「違うよ」
「なんで俺か知りたい」
「…優しいから、秀吉さん」
「それだけなのか?」
急に秀吉さんの瞳が真剣みを帯びて、その変化に怖くなってくる。
怒ってる…?
「秀吉さん、怒ってるの?」
「怒ってない。お前の気持ちが知りたいんだよ」
ずるいよ。
私に何もかも言わせようとするなんて。
私の両目にみるみる涙が溜まっていき、顔を両手で覆って下を向いた。
「ち、違うんだ。葉月。悪い。言い方が怖かったか?」
「…き、だから」
「え?」
「…好き、だからだもん。秀吉さんが好きだから、側にいて欲しかったの。抱きしめて欲しかったの」
「…っ、葉月」