第45章 続・どこか遠くに行く貴方へ〜明智光秀〜
ふと、左手に何かが当たった。
スーッと指先から手首まで撫でられた感触を感じ、身体が跳ねる。
「…どうしたの?」
「な、なんでもない」
家康に怪訝な顔をされても、私は言わなかった。
もしかしたら…いや、もしかしなくても、これは光秀さんの仕業だ。
私を弄んで愉しんでいるんだ。
そうわかっていても、ドキドキと心臓が高鳴り始めた。
こんな子供騙しなちょっかいですら、私は光秀さんに触れられるのは初めてで困惑してしまう。
あからさまな私の反応こそ、光秀さんの思惑通りに違いない。
わかってる、わかっているのに…。
さっきからゆっくりと撫でられている手が、恥ずかしいくらいに敏感になってしまう。
光秀さんは真っ直ぐ前を見たまま、私の手を隠すように身体を少し私に近づけた。
私はもう、心臓の音が煩すぎて怪談話が耳に入って来ない。
怖くない代わりに、私はこの胸の音が耳に響いて困るくらいだった。
私はもういっぱいいっぱいになり、ぎゅっと目を瞑ることしか出来なくなった。
ふっ…と光秀さんが笑った気配を感じ、私が固まると「な、生きている人間の方が怖いだろ?」と、皆には聞こえないように耳元で囁いた。
本当だ。
死んだ知らない人の話より、横にいる貴方の方がよっぽど…。
ー……怖くて興味深い。
私は赤らんだ顔で光秀さんを睨むことしか出来なかった。
目が合うと光秀さんは意地悪く微笑み、「さて…」と言って立ち上がった。
「信長様、申し訳ありませんが先約があるので、この辺で失礼致します」
「お前…信長様に失礼だぞ」
「構わん。光秀、明日必ず報告しろ」
「はっ。では…」
光秀さんが消え、現実に引き戻された皆は溜息をついたり、伸びを始めた。
「…やっぱり飲み直すか、葉月も怖がってるし」
そう政宗が言い、「なんだ、お前が言い出した癖に」と秀吉さんが呆れたように笑った。
「いや、良い退屈しのぎになった。そうだな、飲み直すか」
「はっ!信長様。すぐ用意致しますっ」
「…秀吉さん切り替え、はや」
「良かったですね、葉月様」
「う、うん…」
結局、光秀さんはいつも通り消えてしまった。
私の中にとんでもないモノを残して…。
ぽっと灯った私の小さな恋の炎は、どんどんその日から熱く大きく育っていった。
その日から私の長い片想いが始まってしまったのは言うまでもない。