第43章 君の唇が欲しくて〜今川義元〜
「口づけしたいな、君と…」
今川義元が私の手を柔らかく掴み、そう囁いた。
私は困って返答出来ない。
反物屋で意気投合した私たちは、買い物をしながら雑談していたはずだった。
急に黙ってこちらを見た義元さんの口から出た発言に、真意がわからない。
これは…冗談?
にしては、随分と儚げに言われ今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせている。
はっきりと断りにくい、危うい眼差しに私は戸惑ってしまう。
「あの、此処は安土の城下ですから…誰が見ているかわかりませんし」
「…誰も見てないなら良いの?」
確かに。
そういう風に聞こえる言い方でしたね。
だって…そんな淋しげに言われちゃうと、心配になってしまう。
その力の入っていない手を私は振り解けない。
「義元さんが危ない目に遭うの、嫌ですし」
「…優しいんだな、君は」
義元さんはふっと切なげに微笑み、私の瞳を捕らえた。
すると、急に男の顔になり私の手をしっかりと握り直すときっぱりと言った。
「でもね、君と口づけ出来るなら…この世の全てを敵に回しても構わないよ」
「義元、さん…」
「だから、いいでしょ。君が欲しいんだ」
「あ…、私…」
どうしよう。
そんな風に言われたら、もうどう断れば良いかわからない。
義元さんが私に手を伸ばして顎を掬った、その時…。
「おいっ、何やってんだよ。こんな所で」
ポカッと義元さんの頭を叩いたのは幸村だった。
「信玄様といい、なんなんだよ。女を見りゃほいほい口説きやがって。此処は安土だぞ」
「…幸村、痛いよ。頭も心も」
「もっと身を隠してくれよ。頼むから」
「…じゃあ、隠れてするなら良いの?その方がいやらしくない?」
義元さんが首を傾げて問うと、幸村が「は?」と言いながら頬を染めた。
「ばっ…馬鹿かっ。そういう意味じゃねーよ!」
「幸村、顔が真っ赤だよ。暑いの?」
「あー、話になんねぇ」