第1章 朝が来るまで待って 〜明智光秀〜
その日は城下に来ていた。
激しい雨と遠くに雷の音…。
傘をさしてぼんやり歩いていた私は、遠くに光り輝くモノを見つけた。
光秀さんだ。
どうして好きな人というのはこんなにも輝いて見えるのか。
気づいたら小走りで駆け寄っていた。
「光秀さん、どうしたんですか?」
「あぁ…。見ての通りだ」
光秀さんが濡れている。
いつもより色気が増して余計に綺麗に見えた。
「あの、風邪をひいたら大変ですし、お城まで一緒に行きませんか?」
そう言うと、光秀さんは片眉を上げて怪しそうに私を見た。
「…え?何ですか?」
「お前から誘ってくるとは珍しいと思ってな」
「っな!変な言い方しないで下さい」
私が慌てると
「久しいな」
光秀さんが言った。
「この間は挨拶しかしてなかったからな、お前と話すのは久しぶりだ」
「…覚えていたのですか?」
「記憶力は良い方だ」
光秀さんが濡れた前髪の間から私を見つめ、一瞬微笑んだ。
あの日、光秀さんは宴の途中で帰ってしまった。
一言も交わすことが出来ずにいたのだ。
あんなにがっかりしたことはない。
だから、今、とても嬉しい。
会えたことも話せたことも。
…私のことが少しでも記憶にあったことも。
「もう少し、こっちに寄れ。濡れるだろう。」
「は、はい」
光秀さんが傘を持ってくれた。
相合傘なんて、好きな人と相合傘なんて生まれて初めてだ。
私はこっそり傘を持つその白い腕を、盗み見した。
私は光秀さんの手が好きだ。
私よりも白くて指が長くて…近くで見るともっと綺麗。
女性の私より整った手だ。
憧れの光秀さんがこんなに近くにいる。
どうしよう…また、頭が真っ白だ。
話題が出てこない。
この人の横にいられる。
それだけで満足で、幸せ過ぎて目眩がした。
しばらく無言で歩いていたら
「どうした?」
「え?」
「今日は随分と無口だな」
「そ、そうですか?」
「なんだ、緊張しているのか?」
「ち、違います。雨に濡れて寒くて…」
「…そうか」
そう言うと私の肩を抱いて、いつもと違う道へ行く。
肩を抱かれて、一気に光秀さんとの距離が近くなり、ますます無口になった。
光秀さんが心配そうにこちらを見ているのも気づかないくらいに、私はキャパオーバーだった。