第39章 待ち合わせは、時間通りに〜武田信玄〜
「そんな風になってしまう程、俺と逢うのは緊張するのかな?」
「しますよ、そりゃあ…」
もう情けなさ過ぎて、こんな風にしか返す言葉がない。
『信玄様ったら〜』とかなんとか言って愛らしく交わす技を知りたい。
誰か教えて欲しいよ…。
落ち込む私を見て、なぜか信玄様は目を細めた。
「本当に可愛らしいな、葉月は」
お馬鹿さんという意味の可愛いなのかな?
私が納得のいかない表情で黙ると、信玄様はいつものように私の髪の毛を掬うとそこに口づけを落とす。
「…俺も逢いたくて堪らなかったよ」
ああ、そんなことを言われたら浮き足立ってしまう。
口づけられた髪の毛一本一本が艶めいて、喜んでいるのを感じる。
すぐそうやって、私をときめかせてしまう。
『逢いたくて堪らなかった』
この言葉は信玄様の優しさなのか、本心なのかはわからない。
…私の台詞ですよ、信玄様。
もう一人の冷静な私が信玄様のいつもの口説き文句だと思ってはいても、また間に受けてしまう。
そのたびに胸がギュッと苦しくなり、好きな気持ちがどんどん大きくなって、もう隠すことすら出来なくなるんですよ。
「さあ、行こうか。雅な料理屋を見つけたんだ」
「嬉しいな。楽しみです」
信玄様はそう言って、自然な仕草で私の手を絡めとる。
私の想いも、もうこの人の大きな手のひらの中だ。
出会った時から、ずっと好きでしたよ。
本当は、ちゃんと知って欲しい。
今夜は日本酒の美味しいお店に連れて行ってくれるんでしたよね?
もう酔ったふりをして、この人の胸に飛び込んでしまおうか。
…何もかもお酒のせいにして、なかったことにしてしまえばいい。
時間通りに行かなかったばかりに、私の逢瀬は予想していた展開とは変わってしまった。
まだまだ食事だけの関係でいたかったのに。
今日は想いを告げてしまうかもしれないな。
待ち合わせは、時間通りに行こう…今度から。