第38章 君と雨の日に〜徳川家康〜
城に向かって二人で歩いていると、ふと葉月が黙り込み横ばかり見ているのに気づく。
ずっと横を向いている理由がわからず、俺は呼びかけた。
何かを見つけたようにも、見ているようにも感じなかったから。
「葉月…?前向かないと危ないから」
「…あ、そうだよね」
「こっち向けば?」
「うん…でも、もうちょっと…」
「もうちょっと?」
俺はもしやと思い、葉月の前に回り込んだ。
…やっぱり、な。
おかしいと思った。
葉月の目にはたくさんの涙が溜まっていた。
目の前にいる俺を決して見ようとはしない。
今にもその大きな瞳から涙が溢れそうで、俺は一瞬言葉を失いそうになる。
「…どうしたの?」
「なんでもない」
「なんでもないなら、こっち向きなよ」
葉月は俺を見上げた。
涙を流すのを我慢しているせいか、強く下唇を噛んでいる。
俺は軽く息を吐いた。
「…なんで泣いてるのかわからないんだけど」
「言えない」
「言ってよ。知りたいから」
「やだ。家康に…幻滅されたくない」
…幻滅?
俺があんたに?
……そんなもの、出来るもんならさせてみてよ。
俺は葉月の腕を掴み、強引に引き寄せた。
驚いた拍子に、葉月の目から溢れた涙。
そんなことは構わず、俺は更に葉月に近づく。
「上等だね。幻滅、させてみなよ」
「…い、家康」
「でも、話すまで逃がさない」
葉月は目を見開き、固まった。
始めは迷ったように目を泳がせていたが、ついに決心したように目を瞑ると口を開いた。
「本当は、もう知ってるの。帰れる時期も帰れる場所も。それが、此処じゃないってことも」
「は…?じゃあなんで」
「私が此処で待ってたら迎えに来てくれるから…家康が。
真実を言ったら、もう来てくれなくなる。
二人で逢えなくなると思って…それで、私」
「何言ってんの、あんた」
「…怒ってる?」
「ああ。だから、口を閉じなよ」
「あ、はい。ごめんなさい。私…っ」
口を閉じろって言葉が聞こえないのかな、この子は。
俺は、傘を投げ捨て…葉月の頬を両手で包んで口を塞いだ。
耳に響く、優しい雨の音。
初めて触れた葉月の唇は、涙と雨の味がした。