第38章 君と雨の日に〜徳川家康〜
あれ以来、少しずつ葉月が城のみんなと打ち解けていくのはほっとする反面、やはり面白くはなかった。
なかでも、光秀さんとの距離は異様に近くて気になった。
いつも一言二言、葉月の耳元で何かを言い、葉月が顔を赤らめる。
何を言われているかは知らないが、きっと聞いたら不快に違いない。
…本当に油断ならない人だよ、光秀さんは。
いつの間にあんなに親しくなったのだろう。
「家康、お前も随分と顔に出るようになってきたな。あの小娘に似てきたんじゃないか?」
「気のせいだと思いますけど」
「そうか?まあ、そうということにしておこう」
そうやって絡んでくる光秀さんを無視して、俺は葉月に声を掛ける。
また惚けているからだ。
「何やってんの」
「あ、家康…」
すぐぼんやりする葉月を此方の世界に戻すのは、俺の役目だ。
きっと…葉月は帰りたいんだ、今もきっと。
どこか遠くを見つめているあの子を見かける度、そう思う。
俺たちが知らない先の世。
そこには葉月の家族もいるだろう。
もしかしたら、恋人もいたかもしれない。
それは…帰りたいだろうと想像がつく。
しかも、此処は乱世だ。
葉月のいた所は、戦いなどないと聞く。
そんな夢のような場所があるなら、そこにいるべきだ。
だから、俺は帰るべきだと言っている。
ずっと前から。
でも…本当は…。
いや、でも、これはあの子の為だから。
…葉月が幸せな道は、あっちに決まっている。
わかっているのに。
俺は何を欲張っているだろう。
こんな風に仲良くなれただけ良いじゃないか。
未だに頼りにしてくるのは俺で、何でも打ち明けてくれるのも俺だけだ。
それだけで満足じゃないか。
俺に決める権利など、ひとつもないのだから。
……ー「家康。私、此処に残りたい」
そう言ってくれる日を実は望んでいるだなんて、言えないんだ。
絶対に。