第38章 君と雨の日に〜徳川家康〜
朝は晴れていたというのに、あっという間に灰色の雲が空を覆う。
今にも雨が降りそうな雲行きだ。
空を見上げ、ため息をついた。
…別に曇りが嫌いなわけでも雨が嫌なわけでもない。
葉月がまた外に出て行っただろうと思うからだ。
こんな天気は、葉月の顔が浮かんでしまう。
するとポツポツと音がして、ザーッと本格的に降り出した。
「迎えに行くか…」
俺は傘を持つと、いつも葉月が長居する橋に行く。
葉月を迎えに行くのは二回目だった。
この間はたまたま、通りかかった時に見かけた。
毎度、傘を持たずに出かけ、びしょ濡れになって帰って来ている理由を俺は知らない。
ー……「傘、持って行けば?」
そう言った俺に「傘を持ったまま居なくなったら悪いから」と答えた、葉月。
変な子だ。
傘を持ったまま居なくなるわけないじゃないか。
よくわからない。
でも、無性に気になった。
なんで、あの子はいつもあんな哀しげな瞳をしているのか。
そんな風に考えて城下を歩き、橋の近くまで来ると…やっぱりいた。
どこか遠くを見て、思いを果てる葉月の姿。
やはり、もうだいぶ濡れている。
「…風邪、引きたいの?」
俺が後ろから声を掛けながら、傘を葉月に差し出す。
驚きながら、葉月が振り向いた。
「……家康」
濡れている葉月はいつもより儚げで綺麗だ。
俺はこの姿をいつまでも見ていたくなり、ついじっと見つめてしまう。
この姿を他の奴等に見られるのも、なんだか嫌な気分がした。
それがなぜかはわからない。
でも、面白くない。
想像するだけで不愉快なんだ。
「いつまでそこにいるつもり?」
俺の質問に困ったように葉月が眉を下げる。
長い睫毛が濡れて震え、迷ったように唇が動く。
きっと、答えられないのだろう。
この子は此処で何かを待っている。
そんな気がした。
「言いたくないなら別にいいけど」
俺は葉月から目を逸らした。
そう言いながらも、本心は違う。
でも、無理矢理聞いても意味はないし、この子の嫌がることはなるべくしたくない。
俺も詮索されるのは好きじゃないから気持ちはわかる気がするから…。