第34章 風邪を引いた朝は…〜上杉謙信〜
困り果てて私がおろおろすると、信玄様はくすっと笑った。
…あ、揶揄われていたんだ。やっぱり。
「その包みの中身は選りすぐりのお菓子だ。好きなだけ召し上がれ」
そう言って、信玄様は手をひらひらさせながら去って行った。
私が首を傾げていると、すぐに謙信様が顔を出した。
…なるほど。
信玄様は、謙信様の行動はお見通しなのかしら。
すごいわぁ。
私は感心していた。
しかも、逃げ足も早い。
見られたら後々面倒なのも、承知の上なのだろう。
「葉月、調子はどうだ?」
「ぁ…」
「無理に話すな。まだ喉が痛むのだろう。頷くか首を振るだけで良い」
謙信様は、ずっとこんな風に気にかけて声を掛けてくれる。
ちょっと心配し過ぎな気もするけれど…。
私は安心して欲しくて、いつもより増し増しに笑顔を浮かべた。
でも、謙信様は眉間に皺が寄り、顔が苦しそうに歪んだ。
「お前を抱きしめたいのに出来ないのは、この上なく息苦しく辛いな」
…別に抱きしめてもいいのに。
でも、謙信様なりに私の気持ちを汲んでくれているのだろう。
それが何より有り難い。
風邪を引くと辛いけれど、みんなの優しさがより沁みるなぁ。
「困ったことがあったら直ぐに申せ。わかったな?」
私が頷くと、謙信様は去って行った。
後ろ姿がいつもより寂しそうに見えて、私も複雑な気持ちになってしまう。
すると、遠くで幸村達の声がした。
「はぁ?!また鍛錬かよ。勘弁してくれよ」
「煩い、早く来い。…佐助はどうした?」
「あ!佐助の野郎、逃げやがったな」
「出て来い、佐助。お前も来るんだ」
男たちの騒ぐ声と謙信様の剣が抜かれる音が交互に聞こえ、ありありとその場面が浮かぶようだった。
…早く風邪を治さないと。