第34章 風邪を引いた朝は…〜上杉謙信〜
バタバタと謙信が忙しなく横切った後、また戻って来る。
佐助と幸村がギョッとしていると…
「おい、葉月はどこだ?」
「自室にいるんじゃないんですか?」
「一刻前はいましたよ」
「…そうか」
謙信はそれだけ聞くと、また去って行った。
「おい、やばくねぇ?謙信様、またいつにも増してすげぇな。葉月で頭がいっぱいで他の事は眼中なしってのは前からだけどさ…」
「あぁ、早く葉月さんが治ってくれるのを祈るしか無い」
「祈るしか出来ねーのかよ。あいつがいないとつまんねぇよな」
「…幸村」
「あ、いや。場の空気が和むだろ、あいつ、あほみたいにへらへら笑ってるからさ」
「そうだな」
「ずっと部屋に篭ったままって、葉月も気が滅入るよなぁ…」
「…あぁ」
佐助が頷くと、幸村が溜息を吐いた。
✳︎✳︎
「姫、ちょっといいかい?」
自室で大人しくするように言われている私は、信玄様の登場に嬉しくなって近づく。
すると、信玄様がお日様のような笑顔で私に何か渡した。
これは小包?
私が受け取ると、頭を撫でられる。
「謙信が、すまないね。君を想ってのことだ。理解しなくても良いから、許してやってくれ」
私がコクコクと頷きにっこり微笑むと、信玄様も釣られるようにまた笑顔になった。
落ち着くな、この人は。
何もかも包み込んでくれるような、そんな錯覚を起こす。
これは…女性たちが放っておかないのも頷ける。
そんな風に考えていると、信玄様と目が合った。
「…何かな?」
私が軽く首を振ると、信玄様の笑みが深くなる。
信玄様は私の頬を手の甲でふんわりと触って言った。
「そんな風に黙って見つめられるのは、悪くない。君の声が聞けないのは残念だけどね」
私が目をパチパチさせると、信玄様は何かを含んだように笑いながら耳元に近づくと、そっと囁いた。
「謙信に風邪を移したくないなら、俺に移すといい。それが一番早く治る道なら、俺は喜んで手助けをしよう」
私は信玄様の声に色香を感じてしまい、頬が勝手に上気していく。
やめて欲しい。そんな、大人な戯れは。
免疫ない私は、どう返せばいいのかわからない。