第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
すると、ふっと光秀さんの笑う声がした。
私は眉に皺を寄せる。
「…なんで笑ってるんですか?」
「先程はなんでもすると言われたからな。一体何をしてもらおうかと考えていた」
「えっ?!」
「冗談だ。今日は怖い思いをして疲れただろう。もう眠れ」
「え…光秀さんは?」
「眠りにつくまで側にいてやろう。始めからそのつもりだ。今回のことは俺にも責任があるからな」
眠れない。
余計に緊張して眠れないです、それは。
「ほら、横になれ」
「え…でも」
「なんだ、力尽くで押し倒して欲しいのか?」
「…っ!!寝ます」
私は慌てて布団に入る。
すると、光秀さんは私の横にあぐらをかいて座った。
脚に膝をつき、優しく私の頭を撫でる。
「そう、いい子だ。おやすみ」
う…やっぱり眠れない。
せっかく光秀さんが気にかけてくれているというのに。
いやいや、好きな人と一緒にいてすやすやと眠れないよ。
私、たまに疲れるといびきをかくって言われたことあるもん。
今日はすごく疲れているから…その可能性が非常に高い。
やだ。そんなの。
光秀さんに聞かれたら、もう恥ずかし過ぎて生きていけない。
「…つまらんことを考える暇があったら、目を瞑るんだな」
「だって、緊張するんですもの」
「好いた男と二人きりだ、緊張しても仕方ないな」
「なっ…」
光秀さんはどこまで私を揶揄えば気がすむのか。
この余裕綽々な笑顔が憎らしい。
でも、見惚れるほどに心を惹きつけられてしまう。
「仕方ない。手を握ってやろう。頑張ったからな、褒美だ」
光秀さんに手を握られ、ポンポンと布団の上から軽く叩かれる。
寝かしつけられている赤子のようだ。
子ども扱いされて不満なはずなのに、あっさりと眠くなる私はまだまだ幼いのだろう。
「光秀さん…」
「ん?」
「ありがとう、ございます…。久兵衛さんにもお礼を…」
そう言って、葉月は眠りについてしまった。
「…全く、お前というやつは。そんなに安心して眠られると、此方としても複雑だな」
光秀は苦笑して、葉月の寝顔を見守っていた。
「こんな小娘の言葉一つで何を喜んでいるんだろうな、俺は」
ーー…おやすみ、葉月
眠っている葉月の耳元で囁くと、光秀は出て行った。
優しげな笑顔を浮かべて。