第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
一度好きだと自覚してしまった気持ちはどんどん加速して、止まらない。
いつもより更にかっこよく見えるし、ときめいてしまう。
これが恋なのだとしたら、末恐ろしい。
貴方の幸せを願う、無垢な私のまま…離れていきたかったのに。
そうはいかないみたいだ。
光秀さんは笑顔を消して、私の手をまた引き寄せた。
「葉月。なんでも、というのは…どこまでだ」
「どこまでって…」
「なんでもしたい…そんな風に言われたら誘われていると思うものだ、男ならな」
「そんなつもりじゃ」
「そのつもりがないなら、安易に口にするな」
光秀さんらしい言い方だ。
でも、そんな風に言わないで。
簡単じゃない。
簡単なんかじゃないもの。
「違います」
「何が違うんだ」
「だって…好きなんだもんっ!」
私は口を押さえようとした。
でも、光秀さんに手を掴まれたままだから、それも叶わない。
「あ…」
「よく聞こえなかったな。なんと言ったんだ」
聞こえているくせに。
こんな時まで意地悪を言う、そんな貴方が好きなんて。
私は…どうかしている。
私は堪らなく恥ずかしくなり、俯いた。
どんどん早くなる私の心臓の音。
どうしたらいいかわからず、私は目を瞑った。
すると、やっと掴まれていた手が離され、ふわっと抱きしめられた。
「…悪かった。いじめ過ぎたな」
「ひどいです」
「お前にはつい意地悪したくなるな…」
「やめて下さい」
「葉月…すまなかったな」
光秀さんの言葉が切なく聞こえて、涙が出そうになる。
返事は別に欲しかったわけじゃないけれど、やっぱり貰えないんだな。
私はもう、こう言うしかないよね。
「いえ、いいんです」
貴方が好きなんだから。