第32章 好きだから・前編〜明智光秀〜
すると、光秀さんが私の手をきゅっと握り返した。
私は驚いて身を引こうとすると、光秀さんはそれを許してくれない。
手は離さないまま、口元だけで笑って私を見る。
「…なぜ、葉月がそこまで言うか知りたい」
そんな風に意味深なことをする、光秀さんが嫌いだ。
それなのに、胸を高鳴らせて踊らせて…。
すぐに惑わされる私が、もっと嫌だ。
「命の恩人ですもの、光秀さんは」
「…そうきたか。つれないな、お前は」
光秀さんにとって私は、信長様が拾ってきた変わった小娘で。
恋愛の対象ではないことくらいわかっている。
それがこんなにも悲しいなんて。
「…どうした」
私が見つめると、光秀さんは優しい笑顔を返した。
それだけで好きが溢れてきて、苦しい。
私は息を吐いた。
「私が今から言うことは忘れて欲しいんですけど…」
「…あぁ」
「もし、光秀さんが寂しくなったら頼って下さいね。私のことを」
光秀さんが、ただ静かに私を見つめる。
気まずくなるはずの沈黙が、私の気持ちを受け止めようとしているから黙っているのかもしれない。
光秀さんだと、ふとそう錯覚してしまうから不思議だ。
この人の考えていることはいつもわからない。
でも、ほんの少し見せてくれる優しさが、堪らなく愛おしくなる。
だから、好きなんだ。
「…私が出来ることなら、なんでもしたいんです」
たとえ叶わぬ恋だとしても、貴方のために何かしたい。
だって、せっかく出会えたのだから。